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File No8 |
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株式会社 アスクゲート
代表取締役 斉藤 三寛 氏
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人材派遣と飲食事業の二本柱で、今や年商17億円を誇るまでになった
株式会社アスクゲート。
社長の斉藤氏は、17歳で起業を志し、20歳で独立。「決して諦めない。絶対に逃げない。」を
モットーとして、起業、東京進出、年商10億など、一つひとつの目標を確実に達成してきた。
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創業期の超ウルトラチャリンコ操業(本人談)、1億を超える借金など、荒波を乗り越えながら、
前進を続ける斉藤氏。
「夢は必ず達成してきた!」と力強く語る氏の、次の夢は「北海道No.1企業」。
持ち前のポジティヴィティーとバイタリティーで、苦境すら笑い飛ばす、底抜けに明るい破天荒な
イノベーターの登場!
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【20歳での独立 〜 波乱万丈の超ウルトラチャリンコ操業時代】
--------17歳で起業したいと思ったとのことですが、そのきっかけは?
>>斉藤氏
きっかけはよくわかんないけど(笑)。
気がついたら「社長になりたい!」とは思っていたね。
---------当時から、やりたい仕事、会社のイメージはあったのですか?
>>斉藤氏
その時はない!漠然と社長になりたかった!
ただ、飲食店でバイトをしていたから、飲食店の社長なら20歳でもなれるな、
とか漠然と考えたりしていたね。
---------その頃は、起業資金を貯めるためにバイトを掛け持ちして、
昼も夜も働いていたということですが?
>>斉藤氏
そうだね。
昼間は親戚の設計事務所で働いて、夜は居酒屋。
友達3人と「起業しよう!」と話し合っていたから、3人で毎月1万円ずつを出し合って貯めようと。
毎月3人で1万円ずつ出し合えば、3年で100万円は溜まるわけだから、なんとかなるんじゃない?
なんて安易に話し合っていたよ(笑)。
---------実際に起業したのはお幾つの時ですか?
>>斉藤氏
20歳の時。
設計事務所で働いている時に知り合った、とある建設業の社長から「独立したいみたいだけど、
そろそろやってみないか?」って言ってもらえて。
そこからスタートだね。図面書いて、施工してっていう外装の設計・施工の会社を立ち上げた。
「起業しよう」と話し合っていた3人のうちの1人は「別のことがやりたい」って抜けていったから。
お金だけ置いていってさ(笑)。
だから俺ともう一人の友達の2人でのスタートだったね。
---------その起業を薦めてくれた方というのは資金援助を?
>>斉藤氏
いやいや。お金を出してくれたわけじゃなくて。
俺は「独立したい」って夢をよく周囲に話していたから。
それをその社長も聞いていて、俺の頑張りも見ていてくれたから応援してくれたんだね。
その社長が仕事を俺に回してくれて、いわゆる下請けとして使ってくれた。
---------社長になりたいと17歳から思っていて、
いざ本当に「社長になる」と言う時に不安はなかったですか?
>>斉藤氏
俺、不安とか感じない性格なんだよね。
仕事がなくなったとしても、逆に嬉しくなったりする性格だから。
営業に行く時間ができるってことじゃない(笑)。
でも実際に会社を作って、いざ仕事を始めたら、つまらなかったね(笑)。
稼ぎはそこそこあったけど、仕事柄、冬場は暇になるし、毎日5時に仕事が終わる。
5時に仕事が終わっても暇じゃないですか。
俺は暇が基本的に嫌いだから「この生活嫌だな」って思い始めた。
それで、施工以外の仕事もいろいろしようと思って、ポケベルの販売なんかもやっていましたよ。
知り合いの建設会社の社長がdocomoの代理店をやっていて、その人から「お前、若いからポケベル売って来い!一台売ったら、5000円やる!」って言われて。
「マジですか?めちゃめちゃ売りますよ!」なんて引き受けてね(笑)。
---------その後は携帯電話の販売もやられていたみたいですね?
>>斉藤氏
そうだね。ポケベル販売の経験もあったし、知り合いから「携帯販売をやってみないか」って誘われて、
会社に携帯電話の販売事業部を作ったんだよね。
実は、引き受けた理由の一つが、その携帯販売を勧めてきた会社から「営業を学ぼう!」と
思ったこと。その会社って普通じゃない営業力だったから。「エスキモーにも氷を売りに行く!」みたいな(笑)。
そこから半年くらい営業を学んで、いざ自分で携帯ショップも出そうと思った矢先に、
その会社の株価が大暴落を起こした。新聞、雑誌全てに叩かれて、これはもう携帯事業部は無理だと思った。
おまけに携帯ショップの店舗工事などに使った1000万円も負債として残った。
最悪だったね。
---------そこから現在の人材派遣の会社を設立した経緯というのは?
>>斉藤氏
その当時は、施工ももうやってなくて、稼ぎもほとんどなかった。
そんな時に、とある会社の人から「仕事がないなら、暇なやつを3人くらい寄こしてくれないか。」って
依頼があったんだよね。
「喜んで行きますよ!めちゃくちゃ暇ですよ!半分無職ですから」みたいな(笑)。
そこからだね。なぜか知らないけど、知り合いの数社から「明日雪掻きして」
「今度は草刈りして」って仕事をいろいろ回してくれて。
そういう依頼がたくさん来るようになって、「これはいいな」と思い始めたよね。
気がついたら、俺の方が回せる人手が足りなくなっていた。70人とか派遣するようになっていたから。
---------派遣する人手は最初どうやって集めたのですか?
>>斉藤氏
まずは友達。それから先輩、後輩。片っ端から暇なやつを連れてくる!
「3日だけ、3日だけでいいから」とか言ってさ(笑)。
---------そこから今の人材派遣の会社を設立しようと思ったわけですね?
>>斉藤氏
そうね。あちこちからオーダーが来て、70人も80人も動かすようになると、
「これはもう完全に商売になるな」と。
それで子供の頃からの友達だった荒田(現・専務)に入ってもらって会社を作った。
始めはまともな企業体を成してなかったけど、ちょっとずつちゃんとした会社にしていったよ。
---------設立当初はどんな苦労があったのですか?
>>斉藤氏
もう死ぬほどお金なかったよね(笑)。
この商売は人を集めなきゃいけない。最初は、無職の暇人をたくさん掻き集めていたから、
決め言葉があったんですよ。「給料はすぐ払うから!」って。そういうとすぐ集まってくれる。
「来月払う」って言ったら断られるんだよね。
でも会社としての入金は、当然来月以降になるわけ。
だから会社の収入と支出のやり繰りに、どうしても無理が出る。
賃金は毎日払い続けなきゃいけない。でも入金は来月以降になる。
人をたくさん派遣すればするほど、目先の支出が増える。
でも仕事を増やさなきゃ収入も増えない。そのジレンマだったよね。
---------そのジレンマをどうやって乗り切ったのですか?
>>斉藤氏
それはもうね、カードさ、カード(笑)。
俺はカードを何枚も持っていたから、とりあえず500万円くらい借りるの。
でもそれでも足りないと(笑)。
「専務どうする?今度は100万足りないぞ!どうする、どうする?」って。
結局、次は専務のカード(笑)。
---------今でこそ笑い話ですが、当時は大変な苦労でしたよね?
>>斉藤氏
でも、ベンチャーの創業期って、実際はほとんど皆そうだと思うよ。
結構みんな泥沼を経験してるはずだよ!
---------もともと旭川からのスタートですが、すぐに札幌に本社を移しましたね?
>>斉藤氏
平成12年に会社を作って、もう次の年には札幌に支店は作ってたね。
本社を札幌に移したのは平成15年。
旭川にいても銀行が全くお金を貸してくれなくてさ。
都銀に行ったら、札幌に本社を移せば3000万円貸しますよって言うから。
二つ返事で「わかりました!」って。
そのお金を借りてから、ようやく少しまともにお金が回るようになったね。
それまでは、超ウルトラチャリンコ操業(笑)!
---------創業当時、一番印象に残っていることは?
>>斉藤氏
その頃一番印象に残っているのは、専務が全く仕事を取れなくて泣いたことかなぁ。
札幌に進出してからは、俺が旭川、専務が札幌って分担していたんだよね。
俺は旭川で、1億や1億5千万くらいのある程度の売り上げを確保できていた。
でも専務は札幌に出てから、全く仕事を取れなくて。社員は専務も入れて5人もいるのに、
毎日毎日仕事ゼロ。
それである日、話し合いを設けたのね。「札幌から撤退して、旭川に戻ってやり直す方法もあるぞ」って
俺が専務に話したんだけど、専務は泣きながら「絶対撤退だけはしたくない!」って大泣きしてさ。
俺は専務と小学生の頃から知り合いだけど、涙を流したのは初めて見たよ。
で、翌日から専務は変わったね。次の年には、札幌の売り上げが旭川に追いついたから。
びっくりしたよ。「やるじゃねえか!」って(笑)。
その出来事はすごく印象的だよね。
【飲食業への進出 〜 北海道でNo.1の会社を目指して】
---------飲食業に参入されたきっかけは?
>>斉藤氏
きっかけはホテルからの派遣依頼。でもホテルに派遣できる人は、当時うちにいなくてさ。
サービス業に派遣の需要はあるんですか、って聞いたら、ほとんどのホテルは派遣を使っているっていうから。
そこから、自分で飲食店を立ち上げて、サービス業のノウハウを蓄積して、
そこで働いたスタッフをサービス業への派遣にも回せるんじゃないかと考えたんだよね。
その派遣の依頼をくれたホテルのオーナーが、旭川に10棟くらいビルを持っていたんだけど、
そのうちの一つに入っている飲食店が超ウルトラ不振店さ(笑)。
生きているだけで、毎月300万円赤字っていうくらい。
ビジネスホテルの下だから、普通のお客さんはほとんど来ないのね。
オーナーから、そこを運営してもらえないかって言われてさ。
もともと居酒屋でバイトしていた時から漠然と飲食店をやりたいとも思っていたし、
ちょうどいいかなと思ったよね。
東京に何度か出張しているうちに、とあるフランチャイズ飲食店を経営している社長と
知り合いになっていたから、彼に相談したんだよね。
「旭川で飲食店やろうと思っているんですけど。」って。そしたら、協力してくれるって言うから。
それでその超ウルトラ不振店を全面改装して、居酒屋を始めたんだよね。
その社長のフランチャイズとして。
それがアスクの飲食店事業の始まりだよ。
---------超ウルトラ不振店だった場所ですが、結果はどうだったのですか?
>>斉藤氏
結果は大ヒット!
そのオーナーが当時「マネーの虎」っていうテレビ番組に出ていたのもあって。
「旭川にマネーの虎の店ができる!」って話題にもなったから。
---------その後は急速に飲食店舗も増やし続けていますね。
わずか2年で20店舗以上を運営するようになりましたね。
傍目には順調に成長しているように見えますが?
>>斉藤氏
順調では全くないね!倒産の危機なんてこの6年間に死ぬほどありますよね(笑)。
俺がここで頑張らなかったら倒産する、なんて事態はしょっちゅうありましたよ。
出店でもお金かかるし、派遣の日払いもお金かかるし…。
銀行から融資を断られ続けた時は、金持ちの経営者を回って、「2千万貸してくれ」とか(笑)。
「うちが倒産したら、俺があなたの会社で働くから。2千万くらい俺を雇えば、すぐ稼ぐから」って。
それでなんとか説得してお金を借りたりしてね。
ホント、ドラマみたいでしたよ(笑)。
---------そんな中で、「これはもうダメだ!」と思ったことはなかったですか?
>>斉藤氏
1億の借金を抱えた時は、ヤバかったよね(笑)。
少し飲食がうまく行き出した時に、調子に乗ってどんどんお金を借りて作った店が大失敗!
存続しているだけで毎月150万の赤字を出すっていうくらいの失敗さ。
その店は結局閉鎖して、順調だった別の店舗をさらに伸ばそうって戦略に変えて、それで乗り切った。
それからは、居抜きの空き物件を活用して初期投資を抑えるっていう出店方法に変えた。
1億賭けて店を作って失敗するのは、もう絶対嫌だと思って。
今は空き物権を活用しているから、厨房機器も揃っているし、自分たちで改装もするし、
初期投資は600万円くらいに抑えられている。
それが今の急速な出店に繋がって、ようやく1億の借金を返せたんだよね。
だから去年の売上げは17億あったけど、利益はたったの200万。
それでまた銀行が冷たい目さ(笑)。
金曜日に融資の約束をしていたのに、月曜の朝に銀行の担当が来ていきなり土下座して
「すいません!無理です!」って。
それで税金払おうと思っていたのに、びっくりだよね(笑)。
それから、また金持ちのとこ行ってさ。「2000万貸してください。」ってお願い(笑)。
---------何度も倒産の危機に直面して、その度に不安などは感じないのですか?
>>斉藤氏
「なんとかなる!」っていつも思うんだよね。
まずはこの人に相談して、それがダメだったら次はこの人、それもダメだったらこの方法で、って考える。
次々と消去法で対策を思い浮かべて、順番に当たっていく。
それで気持ちを落ち着かせるという部分はあるかもしれないね。
対策を考えたり、動いたりしてないと、気持ちが落ちて行っちゃうから。
これがダメでも、次だ、次だ、って常に考えて動いていれば、大丈夫だっていつも思っていられますよ。
---------そんなポジティヴな社長を支えているものは何ですか?責任感ですか?夢ですか?
>>斉藤氏
一番は何かって言ったら、「格好悪いことはしたくない!」っていう気持ちですよね。
お金を用意できないっていうのは、俺のせいだから。俺がバカだってことだから。
社員が頑張って仕事をして、他は全て整っているのに、「お金が足りない」ってなったら、
それは俺の責任でしょ。それが俺の仕事だから。
俺が自分の仕事をきちんとしないと、社員にも「自分の仕事をきちんとしろ!」なんて言えないでしょ。
それはリーダーとしての資質に欠けているってことだと思う。
---------将来について伺いたいと思います。これからも人材派遣と飲食事業の二本柱で?
>>斉藤氏
当面はね。でももっともっと事業は拡大したい。
特にサービス業の分野にはどんどん出て行きたいとは思っていますよ。
---------斉藤社長の現在の夢を教えてください。
>>斉藤氏
北海道を代表する会社になりたい!ってこと。
北海道には上場企業がまだまだ少ないと思うし、本当に元気な企業が少ないよね。
俺が死んでも、100年後でも、この会社の思想、というか「イズム」が受け継がれていくような、
そんな会社を作りたいと思っているよ。
【心が挫けない限り、何だってできる!だからこそ、「ぶれない自分」を持つこと!】
---------斉藤社長は、北海道は好きですか?
>>斉藤氏
もちろん好きだよ。
東京にも出店しているからわかるけど、やっぱり比べると北海道の方が人間味を感じるね。
東京はシステマチックになり過ぎている気がする。
例えば、一回でも大きな失敗するとすぐに切って捨てられるって印象があるよね。
でも北海道では、一度や二度の失敗をしても「次もチャンスあげるよ」って言ってもらえることが多いよ。
会社を立ち上げたばかりの頃に、とある運送会社から引越しの仕事をもらったんだけど、
そこで高級家具を壊してしまうという大失敗をして大クレームが付いたんだよね。
逆にこっちがお金を払わなくちゃいけなくて。反省文まで書いて(笑)。
「もうこの会社とは一生付き合えないな」と思っていたら、2年後にまた仕事をくれましたよ。
「最近、ますます頑張っているみたいだね」って言ってくれて。すごく嬉しかったですよね。
北海道はそういう付き合いをできる人が多いような気がするよ。
---------北海道への苦言もあると思います。
>>斉藤氏
まず元気がないこと!会社も人もね。特に若者は元気も意欲もないような気がする。
新卒の学生も、すぐに仕事を辞めてしまう傾向が高いような気がする。
---------実際に、北海道は新卒入社から3年以内に離職する確率のとても高い地域です。
企業はその中で、人材の確保、定着という課題に取り組んでいかなければなりません。
>>斉藤氏
そうね。うちも創業以来、人材には苦労したよ。
社員にお金を持ち逃げされたこともあったし(笑)。
創業当初は、社員も派遣スタッフも誰でもいいと思っていた。
でもいろいろな経験をして、いろいろな人を見てきて、ようやくわかった。
やっぱりお金のためっていう人間じゃなくて、「うちの会社と同じ価値基準を持てるかどうか」なんだよね。
うちの会社の価値基準と同調できる人間は、やっぱり長続きするし、活躍してくれる。
ただ優秀だとか、いい大学出ているだとか、それだけでは難しい。同じ価値を持てる人じゃないと長続きしないんだよね。
つらい時はやっぱり辞めたくなるよね。お客様からクレーム付いて怒られたり、
なかなか結果が出なかったり…。そういう時は辞めたくなるのが普通だよ。
でもそこで踏み留まれるのは、まず「この会社が好き」だとか「この仕事が楽しい」だとか「価値」を
感じている人。そして「この業界である程度のレベルまで行きたい」とか、
そういう思いを持っている人なんですよね。
---------それでは、斉藤社長から、現代の若者にメッセージをください。
>>斉藤氏
凛としたもの、志を持たない人は、必ず人生も、仕事もぶれる!
自分の中に芯がなければ、遠回りした時に戻れなくなりますよね。いつもドロップアウトばかり、
逃げてばかりの人生。それはダメですよね。
自分の中に確固としたものがあれば、どこに行ってもちゃんと自分の立ち位置に戻れますよ。
---------しかし現実としては、確固とした「自分」を持っている人は案外少ないものだと
思います。
人は意識次第で変われると思いますか?確固として揺るがない「自分」を確立できるようになると思いますか?
>>斉藤氏
意識次第だと思いますよ。俺だってもともとアンポンタン系だったから(笑)。
アホな仲間、先輩がたくさんいたし、もともとまっとうなタイプではなかったですよ。
でも、いろいろな人の話を聞いたり、本を読んだりして、人生観は大きく変わった。
「変わりたい!」「こういう人間になりたい!」と強く思うことじゃないですかね。
----------今の斉藤社長を支えているのはやはり「北海道でNo.1の会社を作りたい!」と
いう目標ですか?
>>斉藤氏
そうですね。
まずは起業を目指して、起業を実現したら、支店を増やしていくことを目指した。
次は売上げ10億という目標を立てて、それも達成した。だから次は、「北海道でNo.1」を目指す。
一つ一つ夢のハードルを上げていくっていうのが自分のスタイル。
俺は昔から自分の手帳に夢や目標を書くのが好きなんだよね。
昔の手帳を今見ても、一つ一つ達成してきていますよ!
お金は最終的にはどうにかなる。
どうにもならなくなる時っていうのは、自分の思いが挫けた時だけだから!
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★取材を終えて
「自分でも奇跡的だと思うよ。奇跡的に生き残って来られたから。」と笑いながら話す斉藤氏。
ざっくばらんにこれまでの道程を語ってくれたのだが、笑い話のように茶化しながら苦難を振り返る
その言葉の節々からは、斉藤氏の「折れない心」が見え隠れした。
漫談のような楽しい取材のふとした合間に、斉藤氏は真剣な表情になり、何度か呟くことがあった。
「凛としたものを持つこと」「お金なんかなんとでもなる。どうにもならなくなるのは、心が挫けた時だから!」
それはまるで自らに言い聞かせ、自分を奮い立たせているかのように、筆者の目には映った。
「昔は自分のために働いていた。でも今は、仲間のために働いている。
100名近くの社員を抱えて、彼らを幸せにするのが自分の使命だと思っているから。」という斉藤氏。
「行動力No.1」を宣言する斉藤氏だが、その行動力を支えている「折れない心」は、
このような仲間を思いやる責任感から発せられているのかもしれない。
冒頭に述べた「底抜けに明るい破天荒なイノベーター」はまた、
その口調とは裏腹に「心優しきイノベーター」でもある。
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★関連ウェブサイト
株式会社アスクゲート
http://www.ask-s.co.jp
斉藤氏ブログ「札幌ではたらく社長の天国地獄日記」
http://ameblo.jp/ask-s/
「キャリナビ北海道」アスクゲート 人材サービス求人情報
http://www.4510navi.com/modules/mxdirectory/singlelink.php?lid=162
「キャリナビ北海道」アスクゲート 飲食事業求人情報
http://www.4510navi.com/modules/mxdirectory/singlelink.php?lid=163
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斉藤 氏推薦書籍
藤田 田 『勝てば官軍』