 |
|
 |
File No9 |
 |
株式会社 ビズライト・テクノロジー
代表取締役 田中 博見 氏
|
「今月もまだ、給料を払える目処が立っていません。」
毎月の会議の決まり文句だったという。
「自転車操業以下」と本人が振り返る苦境から、札証アンビシャス上場企業アルファ・トレンド・ホールディングスを
創り上げた田中氏。
グループのIT事業を継承したアルファ・テクノロジーの代表取締役を経て、現在はビズライト・テクノロジーの代表取締役を務めている。
|
仲間を連れての起業、Webビジネスの可能性を一早く見出しての戦略、そして上場。
現状を適確に見据える目で、幾つかの困難を乗り越えてきた田中氏の言葉からは、
技術者・経営者としての「こだわり」と確かな自信が伺えた。
クールでスマート。しかし人情派?の田中氏は、webソリューションに関する技術力・提案力で
北海道NO.1を目指す。
*********************************************************************
【仲間7人を連れての起業 〜 Webビジネスに活路】
--------アルファ・トレンドを起業される以前はどんなお仕事をしていたのですか?
>>田中氏
はじめは首都圏で、その後札幌に帰ってきて、エンジニアとして働いていました。
28歳の時に、とある会社に役員としてこないかと引き抜かれました。
---------では起業されたきっかけはなんだったのですか?
>>田中氏
その会社がおかしくなりはじめ、社員を引き連れて飛び出した、というのが正直な経緯です。
社長がダメ社長で、僕はNO.2の立場として一生懸命やっていたんですが、かなり苦労しましたね。
放漫経営で経営危機を繰り返し、もうだめだと思ってその会社と分かれました。
最初は7人を引き連れて、僕を入れて8人からのスタートでした。
それが平成10年の8月のことですね。
---------いきなり7人も引き連れて出たのですか??
資金の面でもかなりご苦労されたのではないですか?!
>>田中氏
死にましたね(笑)。資金からなにから問題は山積みでしたよ。
JRの時刻表ソフトの開発を前の会社から引き継いで、その売上げはあったのですが、
お金が独立前の会社の口座に振り込まれる、なんていうトラブルもあったり…。
資金には苦労しましたね。起業して1500万くらいの借金は背負いましたね。
僕も持っているものは全て引き出して。
平成10年からの3年間くらいは資金繰りとの闘いでつらかったですね。
---------当時のメインの仕事や営業的な強みというのはどのようなことだったのですか?
>>田中氏
「何でもできます!!」というスタンスが強かったですね。
でも逆に、「何でもできます!」ということは「何もできない」と判断されることが多い。
「何屋さんですか?」という問いに対して「プログラムなら何でも書けます!」と言うと、
どうしても周りの人は、「だから得意なところは何なのですか?」と言う堂々巡りになることがよくあります。
でも僕は当時から「技術力なら負けない」ということが強みだと思っていました。
それは今でも変わらないのですが、当時は特にわかりやすさとか、どこの分野に特化して何でナンバー1に
なるのか?何でオンリー1になるのか?ということを問われると、凄く弱かったですね。
---------そうですね。自社の商品など目に見えるものを持っていないIT企業は、
何に特化しているのか、何が得意なのかを求められることが多いですよね。
>>田中氏
そうですね。
特に北海道のIT企業には、「技術力があるからいいんだ。」というところが多いかもしれませんね。
「だから何が創れるのか?」といういわゆるマーケティング的な発想が少ないですね。
それはITに限らないでしょうね。
北海道は、芋がうまいとかラーメンがうまいとか言います。しかし、うまいのはわかるけど、
そこにどういう付加価値をつけて提供するかというマーケティングの発想がもっと必要かなと思うんですよね。
それができないからあちこちで動脈硬化を起こしている。
その当時は、僕自身もわかっていなかったことですけどね。
---------では、技術力にプラスして、何を付加価値として打ち出していこうと考えたのですか?
>>田中氏
平成12年からですね。
今もキーワードになって変わっていないのですが、
Linuxというオープン系のソフトを使い始めました。
webの技術がコンピューターとビジネスの世界を大きく変えていくだろうと確信し、
そこに注力していこうと思ったのです。
---------当時としてはwebビジネスに着目するのはかなり早かったのではないですか?
>>田中氏
当時としてはかなり早かったはずです。
北海道ではまだ、Linuxは大学の研究室で、学生が遊びで使っている程度の普及率でしたから。
企業はまだビジネスには活用できていなかったです。
まさかここまで一大勢力になるとは、僕も思っていなかったですけどね。
---------しかしwebビジネスに注力していくと言っても、営業は大変だったのではないですか?
>>田中氏
やはり、実績ができるまではこういう商売はつらいですよね。
発注側にリスクがありますから。本当にできるの?作っている最中につぶれるんじゃないの?っていう。
でも、運が凄く良かったのは、JRのデジタル時刻表をやっていたということです。
そこから交通新聞社と提携して「どこなびドットコム」を手がけられました。
オープンしたその月に、いきなり月間100万ページビュー(PV)になりました。
今でこそたくさんのアクセス数を誇るサイトは多くありますが、当時100万PVを超えるというのは、
ほとんどなかった時代でした。今でも商業ベースで100万PVを超えるというのは結構大変ですよね。
そういう意味では、この実績は大きかったですね。このサイトの開発から運用まで全てやっていたので、
かなり大きな信頼に繋がっていきましたよね。
【自転車操業以下から株式上場へ 〜 優秀な仲間を世に送り出したい!】
---------グリーンシートという資金調達の方法を選択した背景を教えてください。
>>田中氏
実際に活用したのは平成14年からですが、その2年ほど前から、色々な人と出会う中で、
グリーンシートという資金調達の方法があるという情報は入っていました。
現在では我々の主幹証券会社となってくれている証券会社の社長から、やってみませんかと
言うお話も頂いていました。
ただ、グリーンシートにいくというのは、上場することでしかリターンする方法がないわけですから、
そこへの意思決定が必要になるということです。
話をいただいた当初は、まだちょっと揺らいでいました。
しかし、先ほどの話に繋がるのですが、webビジネスに注力することを定めて、
この分野でリーディングカンパニーになっていこうと思ってからは、資金調達や様々な
バックアップのメリットを考えて、グリーンシートという意思決定に繋がっていきました。
※注 グリーンシート
非上場会社の株式を売買できる制度。日本証券業協会が1997年7月から開始している。
---------グリーンシートに指定される際には、かなりの苦労もあったかと思いますが?
>>田中氏
大変ですよ。上場基準に準じていますから。今でこそ、それを任せられる専任の人間がいますが、
当時は誰もいないですから。ほとんど自分で全部やりましたね。
かといって、資金繰りや営業活動も止めてしまうわけにはいきませんから、
同時にこなさなきゃいけなかった。つぶれちゃいますからね。
時間は待ってくれませんから、大変でしたよね。
---------グリーンシートにも指定され、仕事も増えていく中で、「人」という側面ではどうだったのですか?順調に社員は増えていったのですか?
>>田中氏
僕らの仕事はベルトコンベア−を使うわけでもないし、機械の設備はそんなにいらないので、
開発費=人件費なのです。
機械は買った時から同じスペックですけど、人は最初から必要なスペックにはなっていないことが多いですよね。
機械と違って嘘つきですから(笑)、履歴書というカタログ通りにはいかなかったりしますよね。
すぐに実戦では使えない。何年かかけて育てていかなければいけない。ですから、お金がないとなかなか
採用できないわけです。その人は固定費がかかりますが、すぐに稼げるかというとまだ稼げないですから。
余剰資金がないと難しい選択ですよね。
仕事が悪循環に入ると厳しくなります。物販なんかは仕入れなければいいんですけど、
人はそういう訳にはいかない。タクシーと一緒で、止まっていてもずっとメーターは上がっていく。
ですから、もうちょっと経ってから、もっと落ち着いてから、と思っていると、いつも後手に回ってしまいます。
一方で実績を作っていくと、仕事の量も、お客さんから要求されるハードルも上がってきます。
それに応えられないと、せっかくの信用も失墜させてしまいます。
仕事と人とどちらが先かという判断が必要になるのですが、思い切って次のステップに行くきっかけが
ないと、いつまでもジリ貧になりかねない。
そういう意味で、グリーンシートで資金調達して何がよかったかというと、1番は人の採用に関して、です。
---------上場にあたってアンビシャスを選択した理由はなにかありましたか?
>>田中氏
もちろん上場のしやすさという点がまずはあります。
僕らにとって上場が別に目的ではなくて、通過点でしかなかったですから。
よく、ベンチャーキャピタルはイグジット(出口)という言葉を使うのですが、
僕らはそこが出口だとは思っていませんでした。少しでも次の成長を早くするための手段として
考えていたということです。
そういう意味で、上場に時間をかけることをあまりしたくなかった、というのが一つですよね。
それから、やはり北海道に対してのこだわりが非常にありましたね。アンビシャスは当時一社だけでしたから。
弊社の上場が、キャリアバンクさんに次いで、三年ぶり二社目という状況でした。
---------上場して会社は変わりましたか?
>>田中氏
本質的な部分ではあまり変わっていないと思います。
でも、やはりメリットはたくさんありますよね。まずは、「認知される」という意味では大きなメリットでした。
僕らは長期的な付き合いをしている会社が多いんです。
サーバーをお預かりしているとか、webに関してパ−トナーシップを組んでやっていくとか、
長い付き合いが前提になることが多い。そうなると、先ほども言いましたが、発注側にリスクがあるんですよね。
明日潰れるような会社には任せられませんから。
上場したからといって保証にまでなるとは思いませんが、信頼感の尺度としてはかなり上がりました。
---------本格的な創業から6年で株式上場という速さですね!
>>田中氏
上場への意思決定をしてからは確かに速かったかもしれないですね。
グリーンシートから2年くらいで上場したいと思っていて、ちょうど2年で上場しましたから。
でも、創業時の最初の2、3年は非常にきつかったですけどね。そんな上場どころの話ではないと。
今日の晩御飯ないじゃん…ということも多々ありましたしね(笑)。
自転車操業以下でしたから。
---------その当時というのは、自分の将来やご家族への不安などはなかったですか?
>>田中氏
不安は確かにありましたよ。でも家族からのプレッシャーとかそういうのはあまりなかったですね。
僕の妻も能天気な性格ですから(笑)。
でも口には出さない不安はあったかもしれませんね。
---------それを乗り越えてきた社長の信念みたいのものはありますか?
無我夢中だったといえばそれまでかもしれませんが…。
不安がありながらも自分を支えてきた考え方、想いみたいなものは?
>>田中氏
僕を入れて8人でスタートして、今も創業の頃からの人間が4人も残っていて、
コアなメンバーとしてやってくれています。彼らはエンジニアとして技術力が非常に高かったんですね。
優秀だと業界ではよく名前が出る人と比べても、うちの社員の方がよっぽど優秀だと信じていましたね。
たいしたことない人が持てはやされるのを見るたびに、「ふざけるな!うちの社員の方が優秀だ!」という憤りは強く持っていましたね。
ですから、そんな優秀なエンジニアを路頭に迷わせるわけにはいかないという想いは本当にありましたよ。
実際には僕の会社が潰れても、彼らはどこに行っても活躍できるレベルなのです。だから潰れたら困るのは、
本当は僕の方なんですけどね(笑)。
でも、彼らをなんとか世に出してやりたい!とは本気で思いました。
そんな想いが支えにはなりましたし、うちの社員に対しては今でもそれに近い想いは持ち続けています。
やっていて良かったと思えるプロダクツに携わらせてあげたい、誇れる仕事をやらせてあげたいと思います。
僕も元々エンジニアでしたから、エンジニアの「良いものを創りたい」という気持ちがよくわかります。
その気持ちが、社員に誇れる仕事をさせてあげたいという想いに繋がるのかもしれませんね。
それと同時に、うちの社員が「ビズライトにいたなら無条件で採用したい!」といわれる人材を育てたいですし、
そういう会社になりたいですね。
---------それでは、将来的なビジョンについて教えてください。
>>田中氏
会社の規模ではなく、webソリューションに関する技術力・提案力で北海道NO.1になりたいと思っています。
自分たちが生き残っていけるか、それとも死んでいくかは、市場が決めること。お客様が決めることです。
お客様に必要とされ、支持されるポジショニングをとれるかどうか、それに掛かっています。
単純に「安いコストで提供します」だけでは、今後、海外との競争には勝てません。技術や提案で、
お客様に支持されるポジションを築けた企業が生き残ると思っています。
【成長する人は他人のせいにしない。いつも自責の精神を!】
---------北海道は好きですか?
>>田中氏
はい。もちろん好きですよ。
---------では北海道の良さや好きなところはどんなところでしょうか?
>>田中氏
生活環境の良さですね。
1メートル以上降雪のある所に100万人以上が住んでいるというのは、世界的に見てみ札幌だけですよね。
それはやはり、降雪を差し引いても余りある素晴らしい環境と魅力があり、人間が住みやすいからですよね。
---------北海道の若者にはどう思いますか?
>>田中氏
あまり地域格差は感じないですよ。若い子は東京と距離感が無いですよね。
敢えて言えば、全体的におっとりしているとは感じますが、北海道の気質でしょうね。
---------では、若者に対しての苦言などありましたら、お聞かせください。
>>田中氏
北海道で苦言を呈するべきなのは、大人、それも経営者だと思いますよ。
北海道の経営者は、情報というものの価値を理解していない人が多い。
例えば、コンサルティングではお金は全く取れません。
首都圏は、情報というものへの投資価値を理解している経営者が多いですよ。
それが、北海道の経済の低調に繋がっているとも思います。
----------北海道は新卒入社から3年以内に離職する確率のとても高い地域です。
その点についてはどう思われますか?
>>田中氏
それも企業側の責任が大きいと思います。
やはり企業は人を育てていく責任があると思っています。
普通の人間をいわゆる「優秀」に変えるのは難しいかもしれません。
でも、ボトムに落とさないことはできると思うのです。
人間はすぐに堕落しがちです。それを律するのが、目に見えない風土、企業文化ですよね。
タイムカードが会社を良くする訳ではありません。
弊社はそうしたモラルの高い集団にしたいですね。
----------最後に、当サイトは転職希望者や就職活動に臨んでいる学生が多く閲覧しています。
その方たちにメッセージをください。
>>田中氏
マニュアル系の人はダメですね。
面接でマニュアル対応している人はすぐにわかりますよ。
貴重な時間を割いてお互いに会っているわけですから、失礼だとすら思います。
小手先で逃れようとしてはだめです。小手先で逃れようとする人は、仕事の場面でも必ず後からボロが出ます!
「こういうことがやりたい!」とはっきり言える素直な人がいいですね。
「この会社でこれをしたい!」というビジョンを持つことです。
それから、エンジニアとしては、試練にも戦える精神、魂を持ってモノづくりに取り組める人がいいですね。
成長したいと強く思える人は、伸びると思います。
伸びる人は絶対に他人のせいにしない。
自責は大事ですね!
*******************************************************************
★取材を終えて
明日をも知れぬ経営環境からWebビジネスという方向性を定め、
株式公開という
意思決定し、一つひとつの困難を克服していった田中氏。
その背景にあるものは、仲間の技術力を高く評価し、信頼し、仲間と顧客を決して
裏切らないという責任感の強さではないだろうか。
「生き残っていくか、死んでいくかは市場が決めること」。
時にシビアに客観的に語る田中氏の様相は、一見冷静沈着かつスマートに見える。
しかし、仲間を信じる力強い言葉、時折見せる笑顔とユーモアに温かな人間味を感じた。
新たにビズライト・テクノロジーを立ち上げ、また一からの新たな挑戦を始めた田中氏。
「社員には誇れる仕事をさせてあげたい。」「ビズライトにいるならうちにも欲しい、
社員がそう言ってもらえる会社を創っていきたい。」
人に対する優しさ、想いの強さが、今までも、そしてこれからも田中氏の原動力なの
かもしれない。
*******************************************************************
★関連ウェブサイト
株式会社 ビズライト・テクノロジー
http://www.bizright.co.jp
どこなびドットコム
http://www.doconavi.com
楽天デリバリー
http://delivery.rakuten.co.jp/