「いつかは北海道に移り住もう」という夢と「独立して自分の事業を興したい」という2つの夢を叶えた。
しかしその道程は決して平坦なものではなかったという。
独立して2年で財布の中身が50円!!という苦難も経験するが、そこから再起を誓い、北海道の美味しい物を全国に
届けるインターネットショップサイトをオープンさせた。
サイトの立ち上げから仕入れ先開拓など何から何まで一人で始めた木下氏。
それが現在は、メールマガジン会員20万人突破、北海道特産品サイトでトラフィック量No. 1、
日経ベストショップ最高評価5つ星サイト、2006年北海道IT 経営表彰受賞、
2006年日本オンラインショッピング大賞最優秀中規模部門賞受賞など高い評価を得るまでに
成長した。
北海道に魅せられたIターン企業家が全国に届けるのは、
「自宅で楽しむひと時の北海道気分!」
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【念願の独立から一転!! 〜 極貧のアルバイト生活を経て再起を志す】
--------ご出身は神戸ということですが、北海道に憧れたきっかけは「北の国から」というのは本当ですか?
>>木下氏
そうです(笑)。最初に「北の国から」を観て衝撃を受けました。
その後、映画やドラマを見て色々なことをイメージして、北海道に憧れを抱きました。
なんといっても景色が凄くきれいですからね。四季がとてもはっきりしていますし。
---------それだけ憧れていた北海道に、初めて来られた時はどうでしたか?
>>木下氏
20歳の大学生の時に初めて北海道に旅行に来たのですが、本当に感動しましたね。
何にと言われれば景色も含め、全てに感動しました。
北海道にはそれから何度も旅行で来ました。景色が大好きですから、札幌ではなく札幌以外の
道内各地方を周っていたのですが、今でも土日はほとんどどこかしらの地方に出掛けています。
それから食べ物にも感動しましたね。当時は特に野菜がおいしくて。
北海道の野菜は別の食べ物かと思うくらい全然違いますよね。
---------大学を卒業してリクルートに入社されたとのことですが?
>>木下氏
はい。元々学生の頃から将来的には自分で事業をしていこうと考えていました。
学生時代に「学生企業」というところに入っていて、そこの仲間はほぼ皆卒業したら自分で会社を作るか、
リクルートに入るかのどちらかだったんですよね。
リクルートは起業家を多く輩出していますから、そのノウハウが学べると思っていました。
---------リクルートではどのような仕事をされていたのですか?
>>木下氏
新卒者採用支援の仕事です。
具体的には、就職雑誌の求人広告の営業をしていました。
会社自体は自由な雰囲気で楽しかったですね。
結局5年間リクルートにはお世話になったのですが、
入社して3年間くらいはビジネスを現場で学びました。
あとの2年は仕事をしながら独立の準備をしていました。
最初は3年経ったら独立しようと思っていたのですが、
仕事に没頭していてなかなか余裕はなかったですね。
3年経ったときに何の準備もできていないことに
気が付きまして。
結局5年間サラリーマン生活を送っていました。
---------その後、リクルートを退社されて独立されたわけですが、どのような事業を始めたのですか?
>>木下氏
個人事業の形で日用品の販売を行いました。
最初の1年くらいは順調にいっていたのですが、2年目に完全な放漫経営で失敗しましたね。
会社組織として人を使っているわけでもないし、かと言ってサラリーマンでもないという生活で
したから、モチベーションが下がってしまいました。
気付いたら財布の中身は50円でした(笑)。本当ですよ!!一応屋根のあるところには住んでいましたけどね。
それで約2年間続けた事業の継続を断念しました。
---------その後はどうされたのですか?
>>木下氏
それからは大阪のアパレル会社の倉庫でアルバイトをしました。
それが31歳の時ですね。わりと最近のことです。
いい人が多かったですから人間関係は良かったのですが、30歳を超えてバイトをしている自分に対して
哀れみの視線を感じましたね(笑)。周りは20歳前後のフリーターの人が多かったですし。
そんな生活が1年くらい続きました。
つらかったでしょうとよく聞かれますが、あまり物事を「つらい」とは感じない性格なので(笑)。
逆にとてもいい経験をしたと思っていますよ。それまでいわゆるフリーターの子たちと接する機会がなかったですから。
その子たちが持つ様々な価値観が聞けて、とても面白いなと思いましたね。
---------もう一度事業を興そうと再起を志したきっかけは何かあったのですか?
>>木下氏
最初の事業を建て直すよりはゼロからまた立ち上げたほうが早いと思ったんですよね。
考えてみると最初の事業で扱っていた日用品には興味がなかったんですよ。
好きなものじゃないと続けていけないだろうと思いましたね。
だから、次は自分の好きなものを仕事にしようと決意しました。そして好きなものと考えた時に、
キーワードが「北海道」だったんです。
【商品数たった16品からのスタート!! 〜 生産者の期待を裏切らないために】
---------「北海道」と「インターネット」を結びつけたのは何故ですか?
>>木下氏
最初に起業しようと考えていた大学生の当時はインターネットがまだ世の中に
普及していませんでしたが、今後普及が進むと必ずネット上の通販とコンテンツビジネスが
儲かるとは感じていました。
当時、アメリカでは既に通信販売はインターネット中心にシフトしていましたから、
再起を誓った時に、インターネットのビジネスを本気で勉強し始めました。
それで「北海道の特産品をインターネットを通じて全国の人に届ける」という事業をやろう!
と思ったのです。
hokkaidou.co.jpのドメインをとったのは99年。倉庫のバイトもやりながらのスタートです。
---------まずは何から取り掛かったのですか?
>>木下氏
最初はとにかくネットショップというものを調べまくりましたね。
99年当時は大手企業がネットショップでことごとく失敗して、うまくいっている企業は
数える程でした。成功しているのは、なぜか個人商店のような小さなお店が運営して
いるネットショップだったんです。
ネットショップはまず京都・大阪で花が開いたのですが、関西方面で個人商店が
ネットで物を売り出して月商100万円を越えたという人が何名か出てきて話題となり、
雑誌に紹介される、という時代でした。
彼らのネットショップがなぜ売れているのかをとことん研究しました。
そして次は、その中で北海道の特産を売っているお店がどれだけあるかを全て調べました。
それを見た時に「これは勝てるな!」と思いました。
サイトの作成なども全く初めてだったのですが、一から勉強して、立ち上げから
全て自分でやりました。
---------商品はどうされたのですか?
>>木下氏
とにかく情報があまりない中で、ネット上で北海道の食品会社を探し、おいしそうな
商品を探しては、片っ端から電話をかけましたね。
最初の反応はとにかくボロボロでした(笑)。断られ続けましたね。
当時アルバイトもしていたので、電話できる時間がバイトが終わってからの17時半頃から
18時迄の30分位なんですよね。あまり遅くにかけるのも失礼ですから。その30分の間に
とにかく電話をかけまくって。
結局、最初に協力していただけたのは3社だけでした。
最初の3社も僕のいう事を理解して賛同してくれたというよりは、「よくわからないけど頑張ろうと
しているから協力してあげるよ」という感じでしたね。「最初の1年くらいは全然売れなくても
いいから。こんなの売れるものじゃないと思うし。まぁ頑張りなさい。」って言われましたよ。
---------最初の商品はどのような商品だったのですか?
>>木下氏
最初は乳製品と創業100年という老舗のお店の蒲鉾、そしてハムでした。サイトは、
商品数16品でスタートしましたね。
当時はメーカーから直送という形を取っていました。FAXで発送依頼をかけていたのですが、
サイトオープン当時(2000年)は月の売上が3万円位で、1ヶ月に発送依頼が3件程度でした。
----------当時はどのようにサイトをプロモーションしたのですか?
>>木下氏
最初はあちこちの掲示板にさりげなく書き込んだり、地道に宣伝しましたよ。
月収100万まで行くのに1年掛かりましたね。
当時ネットショップで月収100万円行くのに1年は掛かるといわれていましたから、
僕は半年で達成しようと計画していたのですが、やはり無理でしたね。
----------運営開始当初、苦労されたのはどのようなことですか?
>>木下氏
当時は何から何まで全て1人でやっていたので、気が狂いそうでしたね。
ありとあらゆることをやらなければいけないわけです。
単純に注文がこないから宣伝をしてまずはもっと知ってもらおうと思います。
知ってもらうためには何をすればいいんだろう、とwebマーケティングのことについて調べたり
勉強したりします。
それがわかってくると、今度はもし知ってもらったとしてもこんなサイトでは
注文がこないのではないかと不安になります。そうすると、サイトを良くする事が
先なのではないかと思ったり…。
堂々巡りになってしまうんですよね。
そして注文が入っても、バックヤードの処理をできるシステムが全くない!というように、
一歩何か進めばそれに付随して周りのことをやっていかなければいけない。
その繰り返しでしたね。これは未だに変わりませんが(笑)。
----------品数も増やしていかなければならないですよね?それも同時に行っていたのですか?
>>木下氏
品数は最初のものに海産物を加えた後は、その後2年ほど商品は増やさなかった
ですね。最初の考え方としては、「何を売るか」よりも売る力のほうが大事だと思っていました。
どんなに売れる商品を入れても売る力がなければ売れないわけですよね。
ですから、最初は今ある商品を売っていくことに力を注ぎました。
----------順調になり出したのは1年過ぎた位からですか?
>>木下氏
そうですね。
1年経過して、月商100万円に到達してからはなんとか生活できるようになりましたね。
----------立ち上げ時やなかなかうまくいかない最初の苦しい時期に、社長を支えた信念や想いはなんだったのですか?
>>木下氏
不安はありましたけど、「もう行くしかない!」といった感じですね。最初に取引先の生産者の方に「うまくいくまでやり続けますから、僕は絶対うまくいきますよ!!」と宣言したんです。
ですから、諦めないという気持ちと、生産者の方の協力や期待に応えたいという想いはありました。
----------今では、メルマガ会員も20万人を超え、北海道特産品サイトではNo.1のトラフィック量を誇るようになりました。
さらに今年は北海道IT 経営表彰まで受賞されました。ここまで来るに至った要因は何だと思いますか?
>>木下氏
なんでしょうかね。起業家の方は皆そうじゃないかと思うんですが、基本的には他に依存せずに、
全部自分たちでやってきたことでしょうか。
最初は他社に依存せざるをえないことも、事業の安定性という面から見て、
一つ一つ自前でできるようにシフトしてきました。
----------それでは今後の社長の目標やビジョンを聞かせてください。
>>木下氏
とりあえず上場は目指しています!
そして、一言で言うと「もっと良い会社にしたい!」ということです。スタッフが自由に伸び伸びと楽しく働ける会社にしていきたいですね。
ちょっと前までは売り上げ目標を設定して、そこに向って伸びる会社が多かったと思うんですよね。でも、今はそうじゃない会社が結構あります。売上目標を設定しなくても伸びている会社があるんですよね。
僕としてはそういう会社にしていきたいなと思います。
組織が大きくなってくると経営者が示す目標は、末端のほうではノルマに変わってしまいますよね。そうではなくて、皆がやりたいことをやっていった結果、会社が伸びているという形にしたいですね。
楽しくやった結果、プロセスを追求した結果、数字がついてくるという会社。
そんな会社を目指しています!
【どこにいるかは関係ない! どんな仕事でも好きになって、楽しむこと。】
----------念願の北海道にも実際に移られてきましたね!
>>木下氏
今からちょうど4年前に北海道に移って来ました。
憧れの北海道でしたけど、いきなり気温の変化で体調を崩してしまいましたね。
こっちに来てすぐに入院したんですよ。倒れながら仕事をしていました。
気候の変化で喉をやられて熱を出して。結局空気の乾燥が原因だったということがわかって、
すぐに加湿器を使いました(笑)。
-------北海道への思い入れはかなり強いようですが、1番の魅力は何だと思いますか?
>>木下氏
僕にとっては「住みやすい」という生活環境ですね。
札幌は街のど真ん中に大通公園という大きな公園もあって、でも街中には大手量販店や
大手百貨店があります。
何でも手に入るという便利さがもの凄くあります。その上、車で30分も走れば田園風景があり、
自然に恵まれていますよね。
大阪に住んでいる時よりかなり便利さを感じます。弊社は札幌駅の北口すぐに事務所を
構えていますけど、大阪くらい大きな町になるとこんな便利なところに事務所を持てない
ですから。地代家賃が高すぎて。
おまけに、買い物するにも首都圏と変わらないくらい店は充実しているのに、人口が少ないから、お店も空いています。
僕は他に神戸と大阪にしか住んだことはないですが、札幌は住むということに関しては
天国みたいなところですね。出身地の神戸よりもとても好きですね。
----------では、北海道に対する苦言は何かありますか?
>>木下氏
スロー(遅い)だということですね。それがある意味では良い部分でもあると思うのですが。
「すぐ」というのを、僕は10分後と考えていたのが、こっちの人にとっては2、3日後だったという
認識の違いもありましたね(笑)。
経済状況について言えば、単純に会社の規模が凄く小さいですよね。
100億円を越える企業がほとんどないですよね。規模が関西の10分の1位という感じがしましたね。
----------最後に、ニート・フリーター化という問題に加えて、北海道は新卒入社後3年以内
の離職率がとても高い地域でもあります。若者に対してメッセージをください。
>>木下氏
「好きなことが分からない」といって定職に就かない人達もいると思います。
ですが、働いている人達は必ずしも好きなことをやっているわけじゃないですよね。
仕事ができる人というのは、それがどんな仕事でも好きになるし、楽しんでいます。
好きなこと、楽しいことって多分、精神の持ち方次第で、どこにいるかは関係ないと思うんですよね。
転職を繰り返している人で、行った会社が全て良くなかったと言う人がいるんですよね。
その人はどこに行ってもきっとそう言うと思うんですよ。場所じゃないんですよね。
自分の責任ですよ。好きなことがないとか、会社が悪いという人は他人のせいにしていると
思います。
私がアルバイトをしていた頃、フリーターの子達に「なんで就職しないの?」と聞くと
「やりたいことが見つからない」と答えるんですよね。
就職している人達は皆やりたいことが見つかったから就職してるわけじゃないですよね。
自分探しという言葉が独り歩きして、「楽しいことをしなきゃいけない」
「自分らしい仕事に就かなきゃいなきゃいけない」という思い込みがあるのかもしれませんね。
ですから、3年くらいはとりあえず目の前にある仕事をやってみる。
それから考えた方がいいんじゃないかなと思います。
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★取材を終えて
夢であった北海道の地への移住と、夢であった起業を、一度は挫折を経ながら
成功の道へと導いた木下氏。
一から全てを一人でやってきた彼が夢を叶えた背景には、これまで取り上げてきたイノベーター
たちからも伺えた「自責」の想いが強く垣間見える。
彼の厳しさは自分だけでなく、生産者にも及ぶ。北海道.co.jpは鮮度管理の徹底と迅速な対応を
強いている。
そしてもし消費者が「まずい」といった時に自分の責任だと思えるかを生産者に問う。
そうでなければ商品は出せないと断るという。
その責任感が彼の二度目の事業、すなわち今の「北海道.co.jp」を成長させてきた一因だろう。
強い想いが共鳴を呼び、「お客様に『美味しかった』と言って頂けるまでが仕事」
という理念に共感する生産者や従業員、そして消費者が「北海道.co.jp」には集まる。
「楽しい会社にしたい」と話す一方で、「働く場所は関係ない、楽しくするのは自分次第」と
話す木下氏は、経営者としてのあるべき姿と一個人としてあるべき姿の両方を見せてくれた
ような気がする。
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★関連ウェブサイト
北海道・しーおー・じぇいぴー
http://www.hokkaidou.co.jp
北海道.co.jp誕生物語
http://www.hokkaidou.co.jp/community/tanjou.htm
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飯田 史彦 『生きがいの創造』