File No17
ふうどりーむず 株式会社代表取締役社長 猿渡 肇 氏
急速冷凍の20倍、窒素冷凍の5倍という従来の冷凍技術を、画期的スピードで上回る冷凍技術の開発に成功した ふうどりーむず株式会社 代表取締役社長 猿渡氏。
この画期的技術により、これまで冷凍化は困難と思われてきた小樽の名物である寿司を、日本のみならず世界に届けることを可能にした。 この技術は寿司だけではなく、様々な食品に利用する事ができ、その市場規模の広がりは未知数である。 猿渡氏は、冷凍技術の革新を遂行し「冷凍とは思えない旨い食品」を造り出し、人々の食文化の向上と健康の増進に貢献していく。
********************************************************************* 【観光の町にビジネスの可能性を見出して 〜 「冷凍寿司」の開発】 --------ご出身は北海道ですか? >>猿渡氏 そうです。北海道の余市郡で生まれました。 中学まで余市郡で過ごし、大学を卒業して東京の会社に入社しました。 --------その時はどのようなお仕事をされていたのですか? >>猿渡氏 商事会社のサラリーマンです。 その後、1985年頃でしょうか。転勤になり、モスクワに渡りました。 不安は少しありましたが、サラリーマンなので会社の方針に従って、日本人がほぼいないところで、代表として指揮をとっていましたね。 言葉も全く話せなかったのですが、少しずつ勉強して、段々と覚えていきました。 ソビエト連邦の崩壊に伴って帰国し、同時にその会社も退職しました。 --------帰国後は何をされていたのですか? >>猿渡氏 妻が経営していた水産加工業と飲食店経営の会社に合流しました。 中途採用として入社して、最初は会社の中で与えられた仕事をしていました(笑)。 最初に手がけた開発は地ビールですね。 地ビールに目をつけたというか、大蔵省が地ビールの免許を開放した時期でしたから、時流に乗って参入をしていったという感じです。 --------「冷凍寿司」に着手されたきっかけというのは何かあったのですか? >>猿渡氏 小樽が観光開発されていって少しずつ街が栄えていきました。 そこで、小樽らしい「事業の柱」をいずれ作って行かなければならないと思っていたんですよね。 そう考えると小樽は「寿司の街」ですから。当時100軒以上の寿司屋があって、それでもどこも潰れないでやっていました。それを目当てに来る観光客も増えていました。 それなら寿司を冷凍して全国や海外に出せば一つのビジネスになるのではないか、と考えたのです。 --------「鮮度が命」といわれる寿司を冷凍食品にするとなると、ネタやシャリなどに大きな問題が出て来ると思うのですが? >>猿渡氏 シャリもネタも、何度も何度も繰り返し試しました。ドラマチックに急にできるようなものではないので、本当に少しずつ少しずつ改良を重ねていきました。 実は、開発を途中で何度も止めているんですよ。資金面も続かなくなって、何回も何回も止めて。どうしてもうまくいかなかったんですよね。 --------それでも続けたのはなぜでしょうか? >>猿渡氏 「絶対完成させる!」という強い想いがあったわけではないんですよ(笑)。 多分、信念があってやっているというのは、聞こえはかっこいいのでしょうけど、研究開発というのは二十やった内の一つか二つうまくいくだけだと思います。 僕たちは当時冷凍寿司以外にもいろんなことをやりました。その中でたまたま冷凍寿司がうまくいったというだけの話なんです(笑)。 今もそうですよ。十から二十の研究をして、一つか二つうまくいくくらいのものです。 そんなにドラマチックに寿司一筋でやっていたわけではないんですよ。 逆に寿司だけにこだわってやっていたら、研究はそんなに長く続かないでしょうね。 冷凍寿司に関しては、開発に4年くらいかかりました。試作は何百回と繰り返しました。 最初は成功するなんて思っていなかったですよ。 新しいものを作るときは、いつも成功するか失敗するかなんてわからないです。成功するとわかっていれば何も苦労しないですよね。でも十分の一の成功の可能性にかけてトライするんです。 そうして試行錯誤を繰り返し、数分間の驚異的なスピードで冷凍できる冷凍機を開発できたのです。 --------では、冷凍寿司と同時に開発に取り組んでいた商品と言うのはどういうものがあったのですか? >>猿渡氏 いろんなものがありましたよ。当然お結びもありますし、何十種類とあります。 当時取り組んでいたもので、商品化できたものはありませんが(笑)。 --------では、急速冷凍技術ができてから、冷凍寿司の商品化までは早かったのですか? >>猿渡氏 いいえ。そこからも時間が掛かりました。技術的にまあまあいけるかなというところまでいってから、実際に商品化するのに1年半くらい掛かりました。 パッケージ、販売ルート、製造設備、資金調達など問題が山ほどありました。 大変でしたよ。商品化してからも、1年くらいは全く売れませんでしたから。 考えられるあらゆるところに営業に行きました。もちろんスーパーも何店も行ったし、コンビニにも行ったし、食料品店からデパートから・・・。 【倒産の危機を乗り越え、冷凍技術で社会に貢献】 --------反応は良くなかったのですか? >>猿渡氏 もの凄く悪かったですね。でも考えてみれば当たり前なんですよね。 どこの町にいっても寿司屋があって、スーパーでも寿司を売っているわけですから。 「なんで凍らせなきゃいけないの?」と言われるんですよ。 サラリーマンを長くやっていましたから、別段売れないからと言ってめげてしまうことはあまりなかったですけどね。いじめられることに慣れていましたから(笑)。 冷凍寿司が売れていない間は地ビールと経営している飲食店が収益源になっていました。 でも冷凍寿司には自信があったので、なんとしても「売りたい!」と思っていましたね。 --------そういうこともあって、海外への販売を考えたのですか? >>猿渡氏 最初から海外の販売は考えていたんです。外国でも寿司が普及してきましたからね。 実際に海外に行って随分営業に歩きましたよ。本当によく歩きました。 もう考えられる国はほとんど行きましたよ。 アメリカ、カナダ、メキシコ、イギリス、フランス、ベルギー、ドイツ、フィンランド、スウェーデン、エストニア、香港、シンガポール、オーストラリア、中国、台湾、タイ…。 --------海外での反応はどうでしたか? >>猿渡氏 アメリカと、イギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国はみんな良かったですね。 外国は日本と違って決断が早いですからね。「良い」と思ってもらえたら、すぐに買ってもらえた。 日本はいろんなしがらみがありますからね。 商品の良し悪しと言うことではなくて、その前段階で受け入れてもらえないんですよね。 口座がどうしたとか、どういう会社なのか?とか。 それと、アメリカやヨーロッパでは、こんなジイさんがサンプルを持ってわざわざやって来た、ということでとても大事にしてくれました(笑)。 国内より国外の方が手応えはありましたね。 --------では国内の突破口となったのは何だったのでしょうか? >>猿渡氏 通販会社さんです。どこも相手にされなくて、たまたまある通販会社に行った時に、カタログのスペースが空いてしまったということで、「写真やコピーを全て自分たちで用意するならそこに載せてあげますよ」と言われました。 締め切りまで1週間しかなかったので、急遽カメラマンに頼んで写真を撮って、自分たちでコピー考えて載せてもらいました。 そうしたら大ブレイクですよ(笑)! 毎月毎月5万食くらいの注文が来ました。1食は8貫で、4人前を1セットにして売っていたんです。当時それが1900円くらいですね。 セット数としては1万2千セットなので、毎月2千万円以上が売れました。 1年間営業し続けて、あちこちで断られ続けられて。 味が認められて載せてくれたのではなく、たまたまスペースが空いたということだけで載せてもらえた通販で、ブレイクのきっかけとなった。 わからないものですよ。犬も歩けば棒に当たるといった感じですよね(笑)。 --------生産は追い着いたのですか? >>猿渡氏 その時はもう大変でしたね。人を集めてきて24時間フル稼働で作っていました。 そこまでの反応は予想していなかったですから。 大変嬉しかったですね。ただ、嬉しいけれど喜んでいる暇はなかった(笑)。 --------その後、小泉元総理も冷凍寿司を食べに来て話題になっていましたね。 >>猿渡氏 そうですね。北海道庁から小樽市に連絡があって、「小樽市の冷凍技術を見たい」ということで、ふうどりーむずを視察するといった連絡がありました。 小泉さんは、試食用の冷凍寿司を目を細めて笑わずに座って食べていました。 私は少し離れたところでそれを見ていたのですが、「社長こっちに来て座りなさい!」と目の前に呼ばれ、おっかなびっくりで行くと、「冷凍とは思えないね!」とビックリして色んなものをおいしそう食べてくれました。 弊社で造っていた地ビールも出したのですが、ジョッキ5杯も飲んでいきましたよ。それでも酔っ払っていなくてお酒は強い方なんでしょうね。 冗談をよく言う面白くて気さくな方でしたよ。 --------その後、冷凍寿司から冷凍おせちに発展していったのですか? >>猿渡氏 発展というより、おせちは徐々に商品の品目を増やしていった結果です。おせちは30〜40の料理を詰め合わせますから。 冷凍寿司以外に惣菜類、おかず、そば、と色んなものを研究してきました。それで少しずつ商品が増えてきたんですね。そのダイジェストとしておせちがあります。 冷凍食品として、寿司の次に成功したのは、蕎麦です。麺自体を冷凍しました。それも1年までは掛かっていないですが、かなりの研究期間を費やしました。 これも寿司の時と同じです。蕎麦の冷凍に専念して取り組んだ、というよりは、十や二十の開発を平行して行い、その中からうまくいくものが出てきます。 開発はチームを組んで失敗の連続です。理屈とか理想ではなく、仕事として全うすべく毎日毎日コツコツと、ですよ。 【「冷凍=まずい」 〜 誰しもが抱くイメージからの脱却】 --------2006年の正月に、受注したにおせち1万5千食のうち2000食を期限までに届けられないという遅配問題が発生しましたね。原因はなんだったのでしょうか? >>猿渡氏 会社の能力を超えた注文を受けたことです。製造は終わっていたのですが、発送する体制まで考えていなかったのです。大雪が降ったのもありますが、危機管理が何もされていなかったですね。 鳴り続ける電話やEメールの問い合わせにも対応しきれませんでした。 --------その時の社員の反応はどうでしたか? >>猿渡氏 二つに分かれましたね。現実から逃げていった人と、身を挺して会社を守っていこうとしてくれた人と。 若い社員でも家に帰らないで、徹夜でお客様の対応をして、怒鳴り込んでくるお客様にも必死で謝ってくれる社員がいました。 その一方で、逃げてしまう責任者もいました。何日も出てこないので電話すると、「休むのは労働者の権利だから」と。 一生懸命対応してくれた社員には感謝しています。しかし、あまりにも無責任に去っていった社員がいたこともまた事実です。 --------その後、配達できなかったお客さんに同等の商品を無料で配達されることを決めたのですね。 >>猿渡氏 無償配送だけで8000万円のマイナスでした。 吹けば飛ぶような弊社にとっては大きすぎる額です。倒産する、と思いましたね。 マスコミにばんばん叩かれ、届けられなかった消費者の方からは苦情が殺到しましたし。 倒産を覚悟して、どうせ倒産するなら、恥ずかしくない倒産をしなければいけない、と思って無償配送を決めました。 --------ニチレイフーズの支援を受けて再建を図ることになりましたね >>猿渡氏 当時、CGCジャパンというラルズやラッキーが加盟しているグループの社長がうちの技術を非常に高く評価してくれていました。 うちはCGCに巻き寿司などを卸していたので、CGCの社長に「お金が必要なので」と早い支払いをお願いしたんです。 そうしたらすぐお金を払ってくれた上に、ニチレイの副社長に「猿渡のところがピンチなんだよ」。と話してくれて。 以前からニチレイさんはうちの冷凍技術に興味を持って何回も来て頂いていました。 そのような経緯もあって、3億円を出資して頂きました。 --------そしてニチレイフーズの指導や販売協力を得て、おせちの遅配騒動を乗り越えました。その後中国や韓国に生産拠点を置かれましたね。 >>猿渡氏 海外に生産拠点を置いた大きな理由は、日本ではEUへの輸出のための認証がなかなかおりないからなんです。 アメリカは認証を取ったので問題なく輸出できるのですが、ヨーロッパには厚生省の許可が必要になるんですね。 ヨーロッパへの輸出の認証は、様々な事情があって、なかなかおりづらい。 また、工業製品などの輸出が多い日本では、長い間食糧は外国から輸入することの方が多かった。 ですから、日本から食糧を輸出する、と言う発想がないんです。 我々が申請しても許可がもらえないという現実があるからには、外国で作るしかないですよね。 外国で作って販売するとなると、南方のインドネシアやフィリピンで作るとなった場合に味の細かい微妙なニュアンスというものが伝えられないんですよね。 だから、文化的にも近い韓国や中国であれば、微妙なところを理解してもらえると思いまして、両国に生産拠点を置きました。 向こうの国は輸出したい方ですから、基準にさえ当てはまっていれば、すぐ認可されるんですよ。 中国でも食材は一部日本のものを使って、品質のいいものを造っています。 日本で良いものを造っても、規制されて海外に出せないという現実に歯痒さはありますが、時間の問題で変わっていくと思います。今は輸入一辺倒では無く、食品も輸出しようという風になってきていますから、向こうから買うばかりではなくて、日本のいいものも世界に出していけるようになるのではないでしょうか。 --------では社長の今後の夢は何ですか? >>猿渡氏 夢というよりは、僕たちの開発したこの技術が世の中にどれだけお手伝いができるか。 それが言うならば「会社の存在価値」みたいなものですから。 普通は冷凍したらまずくなると思われるものを「美味しいものを美味しいまま保存する」という、弊社の技術を活かしたメリットをもっともっと世の中に出していきたいですね。 冷凍寿司を外国に紹介していくというのも一つですけど、現実的な話として冷凍技術を多方面に活かしたいとも思っています。 例えば、魚は獲れすぎると、価格がひどく下がってしまいます。 獲れすぎても獲れなくてもダメなんですね。 ほどほどに獲れて高く売れれば儲かりますが、漁獲量はいつも一定ではないですから、漁師さんの生活は安定しづらいですよね。 また、北海道で獲れたものを鮮度のいいまま本州などに持っていくのは難しい。 おまけに輸送料も上乗せされますから、現地で安く食べられる美味しいものが、首都圏では倍以上の高値になってしまいます。 それならば弊社の冷凍技術を活かして保存できれば、と思うのです。 味を落とさない冷凍保存ができれば、獲れすぎた時には保存し、獲れない時に出荷できる。 そうすれば、漁師さんも安定した収入が得られますし、急いで輸送すること必要もありませんから、消費者にとっても価格の上昇も抑えられる。 それは魚介類に限らず、農産物にも応用できそうですよね。牛乳も採れすぎたら捨ててしまう時代ですから。 捨ててしまうなら冷凍して東南アジアに持っていくか、もしくは保存した方がいいですよね。 弊社の技術を使えば、牛乳も分離させずに冷凍することが可能になります。 また、家庭で使い切れなかった野菜などの生ゴミ。 食べ切れなかった食料などを廃棄するのは良くないですよね。 これも味を落とさずに野菜を冷凍できるのであれば、余計なゴミを減らすことに貢献できるのではないかと考えています。 うちの会社が社会にお手伝いできて、存在価値があるとすればそういうような部分なのではないかと思っています。 ******************************************************************* ★取材を終えて 口数はそれ程多くなく穏やかな印象を受けた猿渡氏だったが、「食」に対しての社会貢献を語るその口調は、饒舌、かつ力強さがあった。 北海道の魅力について聞いた時には、「最大の魅力は食べ物が美味しいということですね。」「食いしん坊なんですよ。おいしい物があると聞くと商売の参考にもなるので食べに行って、残さず全部食べています。」と話した。 「食文化の向上と健康の増進に貢献する」ことを理念に掲げ、「旨いものだけを造る」「まずかったらお代はいただかない」という力強い経営方針を公言している猿渡氏。 猿渡氏の「食」に対してのこだわりが今までも、これからも、ふうどりーむずを支え、さらなる発展の原動力となるのだろう。 ******************************************************************* ★関連ウェブサイト ふうどりーむず 株式会社 http://www.foodreams.com/ ふうどりーむず オンラインショッピング http://www.foodreams.com/shop/index.html