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File No19
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専門職組合 株式会社
代表取締役 滝下 貢氏
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高品質な住宅を低価格で販売する、平成14年設立の
専門職組合株式会社。
「専門職組合」という一風変わった社名の由来は、職人の集まりだからこそ実現した会社だから。
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現場で働く、その道のプロの職人集団の確かな技術と、強い信頼関係の上で成り立っているからこそ、高品質で低価格な住宅=「専門職の家」が実現するのだという。
平成16年度の売上高は6億円、翌年平成17年度は22億円と、対前期比の増収率は3.91倍となり、平成17年度の「北海道の元気カンパニー」1位に輝いた。
「北海道の元気カンパニー」の選定は東京商工リサーチが行うもので、調査対象は道内企業約8万3千社。「2期連続増収増益」、「年商10億円以上」が元気カンパニーの条件。
条件を満たす230社の中から堂々の1位に輝いた、北海道で今まさに1番元気な企業「専門職組合」の滝下社長に話を聞いた。
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【どうしても儲けることができなかった農業に見切りをつけ、職を求めて札幌に!】
--------出身はどちらですか?
>>滝下氏
北海道の小平町です。
20歳の時に小平を出て札幌で5年間、電線の問屋で働きました。
メーカーから電線を買って小売する会社で、配達と営業をしていました。
その後、25歳から42歳までの17年間は実家の小平に戻り、家業の農業をしていました。
--------農業はどんなことをされていたのですか?
>>滝下氏
肉牛・水田・畑作と色々なことをして、1年のうちに4日間しか休まないという時もありました。
でも、全然儲からなくて(笑)。
8千万円位の借金をしたので、農業に見切りをつけて42歳の時に家族を連れて札幌に引っ越して来ました。
--------札幌に来た時には仕事は決まっていたのですか?
>>滝下氏
いいえ、決まっていなかったです。求人誌を見て職を探しました(笑)。
選ばなければ仕事はあったので、3年半くらい水道屋で、穴掘りばかりしていました(笑)。
体を動かすことは苦ではなかったですね。
その後の約5年間は、高校時代の友人が経営する建築屋の子会社で働きました。
--------その会社ではどのようなことをされていたのですか?
>>滝下氏
親会社から流れてくる仕事を下請けしていたんですよね。
木材などを自分たちで買って、電線や電材、コードのある照明器具や水道用品などの取り付け作業をしていました。
4年半くらいそこで建築の勉強をしましたね。
と言っても建築の「け」の字くらいのものですけどね(笑)。
--------そこから独立して、ご自身で会社を起こされるきっかけは?
>>滝下氏
その会社の経営状況が悪くなり、体制が変わって友人が社長を辞めるという事で僕も辞めました。
辞める時は起業しようということは全く考えていなかったんですよね。
辞めて8ヶ月間位は、失業保険をもらってゴルフをしたり、気分転換をしていました。
その後、食べていくために嫌々ながら事業を始めたんですよ(笑)。
その当時はもう私の年での再就職は難しかったですから。
--------起業して最初の仕事はどういったことをされていたのですか?
>>滝下氏
リフォーム、改修工事や修理関係の仕事が多かったですね。
仲間からの紹介で、下請けの更にその下の孫請けの仕事を一人でやっていました。
仕入れには自信があったので、自分で材料を調達して、きちんとした原価管理をしていましたから、孫請けの仕事でもある程度の利益は出していましたよ。
【利益の全てを広告に投資! 結果、理想のスタイルの確立】
--------会社を設立する際に不安はなかったですか?
>>滝下氏
あまりなかったですね。腹をくくって起業したわけではなくて、食べていければよくて、最低限の生活をするお金があればいいな、といった軽い気持ちでしたから(笑)。
あまり悩むことはなかったです。
最初は自分で小さなチラシを作ってそれを配って始めたんですよ。
設立2年目の時にたまたま下請けの仕事をもらって、1千万円くらい利益が出ました。
その利益を3年目にはほぼ全て広告費として使いました。
結果、その広告宣伝費に投じた1千万円が凄い効果をもたらしました。
それからですね。土地を買って、住宅やアパートやマンションを建てて、販売するという今のスタイルが始ったのは。
--------どのように広告宣伝費を利用されたのですか?
>>滝下氏
北海道新聞に広告を掲載したり、ゴルフ雑誌と年間契約を結んで広告掲載をしたりしました。
利益を会社に残すのではなく、投資として広告宣伝費に使うという事が大きなポイントだったと思います。
あとはタイミングが良かったのだと思います。
広告の反響が大きくて、その結果として売上が上昇し、元気カンパニーに選ばれるまでになったと思います。
税理士には「広告に1千万も出すなんて掛けすぎだ!」言われましたが、その時に1千万円を出していなければ今のようにはなっていなかったですよ。
あの1千万で利益を出すことが出来て、更にその利益でまた広告宣伝ができるという単純ですけど良い循環が生まれたんですよね。
--------もともとハウスメーカーになりたいと?
>>滝下氏
下請けや孫請けの仕事ばかりやっていてもしょうがないと思ったんですよね。
ですから、自分で土地を買い、家やアパートを建てて売りたいと思いました。
仕事は天から降ってくるものではないですからね。
--------他の大手のハウスメーカーがたくさんある中で、何故それ程の売上を上げることができたのでしょうか?
>>滝下氏
少し前まではサラリーマンの給料はどんどん上がっていくという年功序列が保障されていた時代でした。だから、有名なハウスメーカーさんから高く住宅を買っても、支払いの見通しがついたんですよね。
でも今はこの先給料が上がる保障もない、どうなるかわからないという時代になっていますよね。
ですから、住宅に関しても、名前ではなく中身と安さにお客さんの目が向き始めたのだと思っています。
そういう時代の中では、私たちに勝機があるわけです。
平成18年度で住宅を売り始めて3年目なんですが、2年目で70棟。3年目で90棟になりました。
住宅ほど、同じ資材を使って金額と品質に差が出るものはないと思っています。
同じものを使って建ててもA社では3千万、私たちは2千万ということがあります。
他の商品では、全く同じ材料を使ったもので、1千万円も価格差が出ることはありえないでしょう。
--------その金額の差はどこから来るのでしょうか?
>>滝下氏
大会社には、社長、副社長、専務、各支店長、など必ず「長」がいますよね。
大きい会社だとその分の経費が掛かるんですね。
これはどの業界でも多かれ少なかれ存在することだと思います。
ある程度大きな利益が無いと、会社の経費が賄えなくなってしまいますから。
うちは社長の僕以外はみんな実行部隊で、経費や固定費がかからない分、良いものを安く提供できます。ハウスメーカーとうちで、道路一本挟んで1千万ほど違うという事が起こり得ます。
住宅は金額が大きい分、価格差も大きくなるんですね。
その分、大きな会社には知名度と信用があると思います。
うちは小さな会社ですが、お客さんにきちんと信用して頂けるように、100%全物件に、第三者検査機関の10年間保障をつけています。審査は1棟につき4回あり、とても厳しいですよ。
住宅の場合は全物件に10年保障をつけているのは北海道でも2・3社ほどで、非常に少ないですから。
そして、建設中に頻繁に写真を撮って、基礎や構造体部分もきちんと確認できるように、写真入りの検査報告書をお渡しています。
せっかく建てる家ですから、お客さんには安心して住んでもらいたいですからね。
【急成長の秘訣は、「売れる仕組み作り」と真っ直ぐな誠意!】
--------低価格と信頼性で、他のハウスメーカーと差をつけているんですね?
>>滝下氏
そうです。信頼は、とても大きな要素です。
おかげさまで、紹介による受注が増えてきています。
僕は一番大事なのが、クレーム処理だと思っているんです。
例えば、家が乾燥してくると建て付けが悪くなってきたりします。お客様から「部屋のドアがギシギシする。」というクレームが出てきたら、すぐに飛んで行って、すぐに直しなさい!と社員には徹底して言っています。
小さいこと、細かなことでも、すぐにきちっとやる。
それがお客様の評価に繋がり、紹介をもらえるんですよね。
当たり前のことを当たり前にやる!それを大事にしています。
別に特別なことはやっていませんよ。
--------それだけが急成長の理由でしょうか?
>>滝下氏
利益ということで言えば、私は原価管理を非常に大事にしています。
全案件に対して、毎日毎日予算管理をさせています。
毎日最終金額を抑えるようにして、週に一度、予算会議をして自分の担当している案件の報告をさせます。会議の議事録も一言一句きちんと残しています。
そうすることで、きちんと予算を守っています。
それから、うちは3次元グラフィックのパースで売ります。
完成した実物を売るのではなく、全部パースを作って売っているんです。
まず土地を買って、パースを作る。そのパースの家を実際に建て始めて、それが売れたら次の土地を買う、というローテーションが決まっていて、土地にお金を払ったあとに、如何にその分を早く回収できるかが大事です。
ですから、闇雲に土地を買うこともしません。
それと、パースで販売すると、お客様からここをこうして欲しいという要望が出た時にも簡単に応えることができるんです。だから、お客様は世界で1つだけの家が出来るということになるんです!
--------直接の営業段階で気を使っていることはありますか?
>>滝下氏
営業では難しい話をしない!ということです。
あとは、お客さんが言ったことはどんな小さな一言でもメモをするように言っています。
小さなことをメモする癖が付けば、大きなことは絶対逃しませんからね。
それに本当に小さなことを無視せず、きちっとやっていれば、お客様も「僕が上の空で言ったこともきちんと聞いてくれていたんだ」と信用してくれます。
そして、先程も言いましたが、売った後のフォローは必ずする、ということです。
どんな小さなクレームであっても対応を怠った人は首!というくらい徹底しています。
小さなことの積み重ねで信用を勝ち取りなさい!ということです。
よく「何故そんなに売れているの?」と聞かれますけど、人間として大事なことは守るという基本的なことなんですよ。
まず、嘘はつかない。会社を伸ばそうと思ったら、絶対に嘘はついてはいけないですし、約束はきちんと守る。お客様に対してはもちろん、仕入れ業者さんに対してもそうです。
言葉使いも同じで、お客様に対しても、下請け会社や協力会社に対しても、全て等しく丁寧な言葉を使うように、横柄な態度をとらないように、と指導しています。
これはうるさく言いますよ!丁寧な対応をしていればお互いが気持ちよく仕事ができるんです。
それに、その人達の親戚や知り合いが家を建てる時には「いい会社がある」と紹介して広めてくれるでしょう。
仕事をしてくれて、その上、仕事も持ってきてくれる。本当の協力会社になってくれるんですよ。
それから、他社さんではオプションを積み重ねて、住宅に色々なことを付加して、利益をとったりしているということがあるんですよね。
それではお客様に負荷を掛けてしまうと私たちは考えます。
ですから、私たちはシンプルに家を売るという営業しかしていません。
それが、時間を掛けずに売れる秘訣でもあります。
--------少人数でこれだけの急成長を遂げたということは、当然一人当りの生産性がとても大きいということですよね。
>>滝下氏
そうですね。
一人当りの売上高をどう大きくするか、いかに効率よく動くかですよね。
それが僕の編み出した戦法なんですよ(笑)。
僕は人を見る目に自信があります。
自称、「人間観察家」ですから(笑)。
うちの社員に関しても、向き、不向きはありますので、適材適所な配置ができていると思っています。
そして、他社の倍以上の仕事を一人当たりがこなせるような会社の仕組みを作っています。
1人でなんでもできるわけではないので、いくつかのチームを組んでやっています。
あとは広告をうまく利用して問合せが来るようにして、手当たり次第営業するということは全くせずに、効率良く動いています。
一生懸命やって、企業努力をして利益を出すのが当たり前だと思っていますから。
自分たちが努力もせずに下請け会社さんに安くしてくれと、値下げを要求してもダメですよね。
自分たちが効率よくやれば、下請け会社さんにもそれなりのお金を払うことができますから。
--------「売れる仕組み」を作っているんですね。
>>滝下氏
そういうことです。
僕は考えることが非常に好きで、趣味はゴルフと「考えること」だけです(笑)。
若い時から、どういう商売が儲かるかをいつも考えていまいた。
当時は思いついてもお金がありませんでしたから、実行には移せませんでしたが、発想すること自体が楽しいんですよね。
今は、「ここの土地をこうやって、こういう風にしたらこうなるな」とか、あれこれ考えるのが僕の仕事です。
まだまだ社員より僕のほうが頭が働きますし(笑)、売れる仕組みを考えるのが社長の仕事だと認識しています。
僕は今まで家を売った経験がないですから、販売テクニックというものもないです。
でも戦略があって、常に売れる仕組みを考えています。
1つのことをやるのにも、いろんな角度から人の10倍くらいは考えていると自負できます。
1万円出して、2万円儲ける術がある。
それはうちの会社に来ればわかりますよ!
うちに来たら3年間で経営のプロになれるんじゃないですかね(笑)。
--------「こんな会社にしたい」という今後の夢はありますか?
>>滝下氏
2年後か3年後には、アンビシャスに上場するような体制をとろうと思っています。
信用力と知名度をまずは向上させる意味でも、です。
安心して頼んでもらえるように、そして協力会社さんなどに少しでも仕事を増やせるように。
お陰さまでお客様を紹介してもらうことが増えました。
紹介してもらうということは、その人の顔を借りるわけですから、紹介してくれた方の顔を汚すようなことは決してできませんからね。
これからも低価格で高品質の「専門職の仕事」を追及していきますよ!
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★取材を終えて
たくさんのことを面白おかしく話してくれた滝下氏の取材は、気が付くとかなりの長時間が経過していた。
明るく、饒舌な滝下氏だったが、そんな滝下氏が度々、真剣に口にするのは協力会社への想いだった。
自らも下請け会社の現場で働いてきた滝下氏は、一軒の家が出来るまでに本当にたくさんの人たちの協力が必要なことを知了している。
関わる全ての人たちの発展を目指した末に、自分たちの発展がある。
滝下氏は強く自他共栄を意識しているようだ。
また、少数精鋭主義を貫く滝下氏は「戦略を考えること」が社長の仕事であると同時に、自身の「趣味でもある」と言った。
「北海道の元気カンパニー」にまで上り詰めたことは、「売れる仕組み」を常に模索し、確立してきた氏にとっては必然なのかもしれない。
近い将来の道外進出も視野に入れているという。
今後、専門職組合が「北海道の元気カンパニー」から「日本の元気カンパニー」と呼ばれる日が来るかもしれない。
「僕より経営のできる人に出会ったことがない。」と笑いながら語ったその姿には、戦略家としても自負が見え隠れした。
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★関連ウェブサイト
専門職組合株式会社
http://www.e-senmon.jp/index.html