幅広い観光施設と数多くのホテル経営を行う加森観光株式会社。
北海道のトマム・サホロ・ルスツの3大施設を経営し、「北海道リゾート王」と称されるまでとなった加森観光株式会社 代表取締役 加森公人氏。
加森氏が手掛けたリゾート再生は北海道だけでなく、全国、世界へと広がっている。
経営が悪化したリゾートの再生において、雇用を継続しながらも、地域の実情を活かし、かつ初期コストを抑えたリゾート経営のノウハウで、多くの破綻したリゾート地域を救ってきた。
バブルの後遺症が大きかった北海道で、なぜこれだけの躍進ができたのか。
今後の夕張再生を含めて、加森氏のリゾート再生法を聞いた。
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【オンリーワン・ナンバーワンを目指して 〜 熊と過ごした悪戦苦闘の7年間】
--------これまでの歩みについてお伺いしていこうと思います。加森観光を設立される以前のお話を聞かせてください。
>>加森氏
大学卒業後に父親が経営していた「登別温泉ケーブル株式会社」に入社しました。
入社して最初の1年間は、「日本ケーブル」というロープウェイを作っている会社の工場に出向し、1年間びっちり工場で機械の勉強をさせてもらいました。
私は経済学部で文系の人間でしたから、機械のことはさっぱりわからなかったのですが、一番大事なことは「安全」なんだということをそこで学びました。
その後は、『のぼりべつクマ牧場』の経営を受け継ぎ、約7年間、熊と一緒に過ごしました。
会社の中に4畳半の部屋があって、そこに寝泊りして、24時間熊のそばにいるという生活でした。
熊の飼育、しつけから経営まで全て行っていました。
--------「クマ牧場」という発案はどこから生まれたのですか?
>>加森氏
「登別温泉ケーブル」という会社は、ロープウェイを運行し、山の上までお客様を運んで、山や湖のきれいな景色を見てもらうというのが仕事でした。
ところが、7、8月の夏にはかなりの頻度で霧が発生するんです。そうすると原生林や太平洋の眺望は見ることができません。
7、8月の一番お客さんが来るという時期に商売にならないんですよ。
それを克服するために、雨が降っても、霧が掛かって景色が見えなくても、天候に左右されずにお客さんを呼び込めるものを作ろう!と考えたのです。
そこで、北海道の代表的な動物であるヒグマがいいのではないか、と思ったのです。
僕は、どんなことだろうと日本一、世界一になりたいという大きな夢を持っていました。
ですから、何で一番になればいいかといつも考えていました。
動物園はいろいろな動物がいるので、例えると百貨店ですが、僕は専門店のナンバーワンを目指したのです。クマに特化した専門店というわけです。
これは、オンリーワンでもあり、ナンバーワンにもなれるわけです。
ヒグマの数が一番であるとか、クマの博物館があるとか、クマのショーをするとか、とにかくクマに関するありとあらゆることを行い、クマのテーマパークとして「日本一」になることを目指しました。
--------ヒグマという巨大な動物を集め、飼育していくのは大変な苦労だったと思います。
>>加森氏
最初は8頭からスタートしました。当時は野生の熊が獲れる時代でしたから、ハンターが山から獲ってきた子熊を集めました。
でもそれだけでは数は集まらないですから、自分たちで飼育して、出産させ、育てるということにチャレンジしたのです。
当時は熊を人工繁殖させるということは非常に難しいと言われており、成功例がありませんでした。
熊の赤ちゃんというのは、ネズミほどの大きさの未熟児で生まれてくるので、非常に弱くて育てるのが不可能だと言われていたのです。
しかし、私たちはその熊の人工繁殖に成功したのです!
ヒグマの人工繁殖に成功したのは世界で初めてでしたから、これは学術的にも画期的なことでした。
そこから熊をどんどん増やし、飼育頭数で世界一になりました。
次は、テーマパークの「質」の面で世界一を目指しました。
熊は非常に頭がいいので、その能力を引き出したいと思ったのです。熊の能力をどこまで引き出せるかの挑戦でしたね。
バスケットボールを触らせて、ゴールに向かってボールを投げる能力を引き出したり、足し算・引き算・掛け算などの計算を覚えさせたりもしました。
さらに、熊のことを多くの人に深く知ってもらいたいと思い、熊の博物館も作りました。
--------ヒグマに芸を教えるのはとても大変なことですよね。恐さもあると思います。
>>加森氏
そうですね。怪我もよくしました(笑)。ちょっと油断して背中を見せると小さな小熊でもガブッときますから。太ももを良く噛まれましたよ。
しかしそれより何が大変かというと、教え方がわからないんです!
熊に芸を教えるノウハウなんて誰も持っていません。当然、誰も挑戦していないわけですから。
大学の先生に聞いても「ヒグマは危険だから無理だよ」と言われるだけでした。
もうやる気と根気だけでしたね(笑)。
小熊と24時間一緒に過ごし、とにかく習性などを観察しました。
思ったように熊が動くようにまでにはかなりの時間が掛かりました。
しかし、少しずつ少しずつ根気強くやり続けた結果、先ほどの計算や逆立ち、さらに自転車に乗せることまで成功したのです!
可能になったことは全て熊のしつけのマニュアルを作りました。
そのマニュアルに沿ってやることで、誰でも熊のしつけができるようにしたのです。
--------人工繁殖も芸のしつけも世界初ということですね!
>>加森氏
そうです。おかげで「クマ牧場」は順調に来場者も増えて、年間で100万人以上もお客様が訪れるようになりました。
集客も広告宣伝費はほとんど使わずに、ほとんどが取材の記事でした。
ネタになるようなことを考えて実行し、取り上げてもらったのです。
熊の出産や芸もそうです。新しい事にチャレンジするとその過程が取材されるのです。
しかし、来場者がやがて減少していきます。
時代の流れでしょうね。たくさんの熊を見たいというお客さんの要求から、今は「少数でもいいからより自然の姿を見たい」という要求に変わって来ています。
ですから、昨年4月、北海道の中央に位置するサホロに「ベア・マウンテン」をオープンさせました。
これは限りなく野生に近いクマの姿が観察できるテーマパークです。
ただ、「のぼりべつクマ牧場」は今もとても大事な役目を担っています。
「のぼりべつクマ牧場」は熊の基礎研究の場でもあります。
熊の特性の研究や種の保存、そしてDNAの鑑定だったりと、ヒグマの研究の場として大学などが利用し、学術的にとても貢献しているのです。
【とにかく惚れること! 〜 惚れた先に見えるリゾート再生の道】
--------1981年に加森観光を設立し、「ルスツ・リゾート」を開業しました。
>>加森氏
「のぼりべつクマ牧場」の来場者が減っていく中、会社の収入源はロープウェイとクマ牧場しかなかった。これでは厳しいと感じていました。
そんな中、自己破産した不動産業者が経営していたルスツのスキー場の買収の話が上がったのです。
そのスキー場が倒産すると120人くらいの失業者が出ます。留寿都村は人口1200人くらいの小さな村ですから、そこで120人もの人が失業するとなると、村にとって大変な問題です。留寿都の村長さんに直々に頼まれたこともあって、経営を引き受けることにしました。
我々としては、冬場の収入源を確保したいという目論見もありました。
クマ牧場は冬には収入になりませんでしたから、冬は銀行から運営資金を借りて、夏に利益を出して返す、ということを繰り返していたのです。
北海道の観光事業の大半がこの宿命にあると思います。
ですから、冬の収入源としてスキー場を活用できることは私たちにとっても大きかった。
--------一度破綻したスキー場を買うということにリスクは感じませんでしたか?
>>加森氏
単体でスキー場だけをやるとなると、リスクはあると思いますが、既にうちはクマ牧場という夏の収入がありました。
一年中お金が回ることを考えると、リスクは感じませんでした。
私は不動産にしてもそうなのですが、中古のものを買うのです。
私はビジネスにおいては「人の付けた足跡の上を歩く」ということが大切だと考えています。
北海道の人なら経験があると思うのですが、雪道では、人が通った道を歩くと埋まらないですよね。でも誰も歩いていない新雪の上を歩くと、ズボッと埋まってしまいます。
先頭をきって歩くと宝物に早く巡り合えるかもしれないけれど、そこには大きなリスクがある。
しかし、人の足跡の上を歩くと安全なのです。どこを歩くと失敗するのかわかるからです。
僕は大きな成功をするよりも、失敗しないことを心がける。
失敗しなければ、成功か普通しかありません。
これは大事なことだと思っています。
--------ルスツは、失敗しないという勝算を持って運営を引き受けたのですか?
>>加森氏
付近にはニセコや札幌国際スキー場という大きなスキー場がある中で、ルスツには小さな山しかなかった。
皆に無駄だと言われたのですが、僕はルスツを実際に見て、すぐに惚れました。
なぜなら、小さな山の反対側に大きな山があることに気付いたのです。
国道が山の間を走っているので、誰もその二つを一つの山としての考えなかったんです。でも僕はそこにロープウェイを渡せば、一つの山になると思ったのです。
ですから、国道を跨いで二つの山にロープウェイで繋げて、大きなゲレンデを作りました。
これで、ニセコにも国際にも負けないゲレンデが出来上がりました。
その上、ルスツは国道に面しています。これほど車で直ぐにスキー場に入れる所はあまり無いんです。
これもルスツの大きなメリットの一つです。
他にもいいところは幾らでも見つかりましたよ。
人というのは、アウトドアの時は太陽に向って行くことが多いんです。ワクワクして遊びに行く時というのは、知らず知らずに南に向うことが多いんですよ。
ですから大きな都市から南にあるリゾート施設は強いのです。
札幌という大きなマーケットから見て、ルスツはまさに南に位置しています。
それから、札幌から1時間半という絶妙な距離。
2時間かかるとなると、往復で4時間ですから日帰り客が少なくなるのですが、1時間半だと日帰り圏内だと言われています。では、1時間はどうかというと、今度は宿泊客が減るんですよね。簡単に日帰りできますから。
ですから、この1時間半の距離というのは、日帰りでもよし、泊まってもよし、という絶妙な距離なのです。
そして、ルスツの年間の降雨量も冬に多くて夏は少ない。
ということは、冬は雪が多いのに、夏は晴れるというありがたい天候です。
このように、挙げていくとキリがないほど、良いところが見えてきました。
--------そのルスツに遊園地を開設したのも、今おっしゃったような良いところを活かすためですか?
>>加森氏
始めはスキー場だけでもありがたいと思っていたんですよ。
しかし、ルスツを通る国道は、夏の交通量がとても多いということがわかりました。
これだけルスツの前を通る人がいるのに、素通りして、洞爺や函館に行ってしまう。これはもったいないことです。
国道を通行する人たちに寄ってもらう為にはどうすればいいかと考えた時に、これは遊園地だなと。
それまで北海道には遊園地そのものがなかったですから。
北海道に遊園地が存在しなかった理由として、本州に比べて半年しか稼げないというのがあったと思います。冬は雪で閉ざされますから。
半年しか稼げないのであれば、通常の半値で設備投資しなければいけない。
どうやって半値の投資にするか考えていた時に、たまたま新聞で読んだ、東京のとある会社が遊園地を売却するという記事を思い出したのです。
その会社に電話したら、買いたいと名乗りを上げたのは既にうちが8番目だということでした。
しかし「北海道の子どもたちはジェットコースターに乗ったことが無いんだ!北海道の子どもたちにジェットコースターを乗せてあげたいんだ!」と何度も何度も熱くお願いしました。
その結果、うちに売ってくれることになりました!本当に嬉しかったですね。
--------1988年には、オーストラリアのコアラパークを買収し、海外にも進出を始めました。
>>加森氏
はじめは、ホテルを買わないかという提案があったので、ゴールドコーストにホテルを見に行ったのです。
当時、日本の大会社がどんどん向こうにホテルを建てている時期でした。そんな中、うちが中規模のホテルを買っても太刀打ちできないだろうと思いました。
逆にそんなにホテルが建っているなら、ホテルに泊まっているお客さんを狙う商売の方がいいんじゃないかと思ったのです。
それでコアラのテーマパークに乗り出したんですよ。
今現在コアラは160匹飼育していますが、これももちろんオンリーワンであり、ナンバーワンです。
--------アメリカではスキー場を買収しましたね。
>>加森氏
コロラドとカリフォルニアでスキー場を買いました。
どちらも経営は決してうまくいってなかったスキー場です。
コロラドのスキー場は街から3時間も掛かるものでした。
街から1時間半のところに幾つか良いスキー場があるので、わざわざ3時間も掛けて行かないんですよね。だからうまくいってなかった。
そこで僕が何をやったかというと、スキー場の近くにほとんど使われていない飛行場があったので、そこに全米から飛行機をチャーターしたのです。
ニューヨーク、シカゴ、ヒューストン、ダラス、サンフランシスコ、ロサンゼルスなどのアメリカのあらゆる飛行機会社と交渉して、飛行機をそのコロラドの空港まで飛ばせたのです。
すると、直結の全米の空港から直結した大都市から一番近いスキー場になったわけです。
--------各飛行機会社はすぐに承諾したのですか?
>>加森氏
飛行機械会社も損するとわかっていればもちろん承諾しないですから、座席の7割をうちが保障したんですよね。
空港から直結すれば、非常に便利なスキー場になるため、勝算がありました。
予想通り、順調に集客でき、結果的にアメリカで2番目に人が入るスキー場となりました。
カリフォルニアの方も、付近にあったカジノを持っている町から、スキー場の山頂までロープウェイを引いて、人を持ってきたんですよね。
結局そこも100万人以上入るようになりました。
アメリカで100万人以上入るスキー場を二つ持っている会社はありませんでしたから、うちが全米一のスキー場運営会社になったというわけです(笑)。
--------日本でも数々のリゾートを再生させ、「再生のプロ」と呼ばれるようになりましたね。
>>加森氏
大分の別府にあるホテルもそうですね。そこは物凄く大きな風呂があるのですが、屋根の鉄骨が錆びていて今にも崩れ落ちそうで、直さなければいけない状態だったため、買い手がいなかったんです。
しかし、直そうとするからお金が掛かるんですよね。
僕はその屋根自体をとっぱらってしまった。
そうすると、朝は朝陽を見ることができ、昼は別府湾を見ることができ、夜は星を見て入れることができる西日本一の大きな露天風呂になったんです。
お客さんはいっぺんに増えて、売上げは3倍以上になりました。
北九州のスペースワールドも然り、先ほどのルスツもそうですが、大事なことは、どの場所に行っても「惚れる」ということなんですよ。
これはうちの社員にもよく言っているのですが、どこに行っても、何をしても、まず「惚れなさい!」と。
まず、自分に惚れる、他人に惚れる、自分の勤めている会社に惚れる。そして、土地にも惚れる。
惚れると道が開けるんです。徹底的に好きになると、良いところが見えてきます。
良いところが見つかれば、後はそれを引き出すだけですから。
--------最近は、財政破綻した夕張市の観光施設の運営を受託されました。
>>加森氏
受託する時にはちゃんと採算に乗るのかということを考えました。
私も同情で受けたわけではありません。
ビジネスとして受けて、採算があると思ったから受けたのです。
夕張には観光施設がたくさんある。しかも、そのほとんどが歩いて行ける範囲にまとまっている。
ですから、『ぐるっとパス』というフリーパスを発行して、全施設を見て回れるという仕組みにする。
入園料の3,150円で、夕張の全施設を回れるようにするのです。
これは、まず客単価を安定させるという考え方です。
まず、採算に乗せるべきなんですよね。それから夕張の良さを引き出してあげる。
これから夕張は良くなりますよ!
ニトリさんが桜と紅葉を各1万本植えてくれるということですし。
素晴らしいことですよね!
今までは春と秋の観光資源がありませんでしたから、桜と紅葉のおかげで春夏秋冬、オールシーズン見て回れるようになるんです。将来楽しみですよね。
生意気なことを言わせてもらうなら、夕張の再生はそんなに難しくないですよ!
【万能な人間なんていない!良い所を引き出してあげるのが経営者の仕事 〜 再生のプロが語る人材観】
--------北海道は経済の低迷が囁かれて久しいですが、再生のプロから見て北海道よくするためには?
>>加森氏
例えば、僕は上士幌の地域再生マネージャーをやっています。
何やったかというと、何もやらなかったんですよ(笑)。
何もやらなくてもいい観光地だったんです。
まず、杉がないということ!杉が無いということはスギ花粉が無いということですから、
現在ある「ぬかびら温泉」を有効活用して、スギ花粉のリトリートの場所にしようと思ったのです。
北海道大学の医学部の協力も得てお墨付きをもらい、モニターを募って実験したら、花粉症の人は到着したその日からマスクもいらない状態になったのです。
血液を調べると、来た日と帰る日では、免疫と血の流れに違いが出て、ストレスの無い状態になっていたんですよね。
すると、それを見た旅行会社が上士幌へのツアーを組み出したわけですね。
それは夕張でもやろうと思っています。杉のないところではできますからね。
スキー客は日本人のマーケットでいえば、1千万人位しかいませんが、スギ花粉のアレルギーを持っている人は2千万人位いると言われています。
マーケットからみると、スキーよりもずっと大きいんですよ。
スキーは長野や東北を含めて、1千万人のお客さんを取り合っているわけですよね。
でもスギ花粉という事でいえば、2千万人のお客さんを沖縄と北海道だけで集められるんですよ。スギが無いのは両者だけですから。そして、新しい設備投資は何もいらないんです。
そういうことを考えると北海道は宝の山です。
毎日みんな当たり前のように過ごしているかもしれないけど、本気で惚れるとまだまだいいところが見えてくるんですよね。
食材だってもちろんそうです。
これだけ春夏秋冬がはっきりしているところは地球上でも極一部分です。
それだけ観光資源に恵まれているわけです。
後はそれを上手に引き出してあげればいいのです。春は春らしく、夏は夏らしく、秋は秋らしく、冬は冬らしく。
多くの人に北海道にもっと惚れてもらいたいですね。もっともっと色々な良さが発見できると思います。
--------経営者として、人材観も同じですか?
それぞれに惚れて、それぞれの良いところを引き出してあげる、ということですね?
>>加森氏
そうですね。やっぱりやりたいことをやらせてあげればいいと思いますね。
会社にとってもそれが一番良いことです。
毎日嫌な思いをして仕事をされても生産性が悪いですからね。
万能な人間はいません。相撲の横綱もK−1やった途端負けちゃうでしょ(笑)。
ですから、社員のいいところ、好きなことを見るようにしています。
うちはどのリゾート再生でも、従業員をそのまま雇用しています。
リストラしたり、社員を入れ替えたりはしていません。
同じ従業員を活用して、再生しているんですよ。
じゃあ、何を変えるかと言うと、人間の意志なんですよ。
やる気を引き出せるかどうか。
会社がおかしくなった時は、社員はほとんどやる気をなくしています。
会社が末期状態になると、提案させるのではなく、「黙れ、黙れ」となりがちです。
押さえつけるようになってくるので、やる気が無くなるのは当たり前なんですね。
僕が引き継いだ時にはまず、今までの従業員たちにやりたいことを全部出させます。
経済的にできないこともありますが、まずはできることを実現してあげる。
そうすると社員にも活気が出てくるんです。同じ人間かと思うほど変わりますよ。
そこまでいったら、半分再生に成功したようなものなのです。
自然とリゾート全体も甦ってくる。
どれだけ施設を直しても、そこに魂を入れるか入れないかは人の心ですから。
--------ありがとうございました。最後に、若者へのメッセージをお願いします。
>>加森氏
僕は世界中で仕事をしてきましたけど、昔は札幌と釧路で8時間掛かりました。今は8時間あったらオーストラリアもサンフランシスコも行けます。
もう、地球は一つになっている。
僕は今、時間を作って、札幌国際大学の観光学科で生徒たちに講義をしています。
自分の今までやってきた世界での仕事、日本での仕事の経験を話しているんです。
「人生一度きり、若い皆には地球が舞台だと考えなさい!」という一言が言いたくて、講義をしています。
今はリアルタイムで世界中と通信が可能です。世の中が物凄く近くなりました。
若者には、考え方をもっともっとグローバルにしていって欲しい。
それから、何度も言うようですが、「まず自分に惚れなさい」ということ。
自分に惚れて、自分の良いところをもう一度見直しなさい、と。
もちろん人間だから欠点はあるけど、この良いところを自分たちの将来に活かしていって欲しい。
人には得意不得意があります。
例えば、料理が得意な人に経理の仕事をしてくれと言ってもダメ。
同じように経理に料理を作れ!と言ってもダメです。
人それぞれのいいところをうんと伸ばしていった方がいいんです。
それが会社であり、組織であると思いますから。
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★取材を終えて
数々のリゾート再生を手掛けてきた加森氏。話を聞いて「アイディアマン」という印象を受けた。
しかし、氏は「斬新なアイディア」ではなく「良いところを伸ばしてきた」のだと話した。
「人でも、物でも、必ずいいところがあるんですよ。大事なのは自分に惚れるということ、
自分に惚れると人にも惚れるんです。」
取材中、加森氏から「惚れる」という言葉が多く出た。
自身が惚れているところを尋ねると、
「母親からもらった笑顔と明るさ、そして父親からもらった人を思いやる心ですね。」と
答えてくれた。
氏が自分の良いところだと話した笑顔は本当に優しく、帰りも私たちを笑顔で送り出してくれた。
氏が話した「惚れたところを伸ばす」ということを自ら体現しているのだろう。
取材を終えた後、自分の良いところ、伸ばすべきところを改めて考えさせられた。
夕張再生という大きなテーマに臨む加森氏が今後どのような魅力を発信していくのか、
今後とも注目していきたい。
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★関連ウェブサイト
加森観光株式会社
http://www.kamori.co.jp/