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File No25
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株式会社 アトリエアク
代表取締役 鈴木 敏司 氏
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札幌に建築設計事務所「アトリエ アク」兼、景観設計を行う「ラウムランドスケープ」代表を務める鈴木 敏司氏。
鈴木氏をご紹介頂いた方によると、「『イコロの森』という大きな夢計画を抱き、仕事環境の厳しい北海道で、事業だけではなく夢を形に出来る、数少ない人物だと思います。」とのこと。
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『イコロの森』とは2008年、苫小牧市に完成予定の森の名前である。
「イコロ」とはアイヌ語で「宝物」を指し、炭や温室・庭・体験学習プログラムなどを併設した、森の保全と再生による資源循環型の森のプロジェクトである。
この壮大な森再生プロジェクトの陣頭指揮を執っている建築家であり、技術士(公園・緑地)資格を持つ、今回のイノベーター鈴木氏に話を聞いた。
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【北海道に魅せされ移住〜自然に調和する街並みとコミュニティの創造を目指して!】
--------出身はどちらですか?
>>鈴木氏
生まれが山口県で、小学生の時に東京に引っ越してから大学までずっと東京でした。
もともと植物に興味があったのですが、武蔵野美術大学に入り、建築学科を卒業しました。
--------卒業後に北海道に来られたのですか?
>>鈴木氏
はい。でも、就職するために北海道に来たわけではないんですよね。
当時は学生運動が盛んな時代で、美大生の仲間うちでは、きちんと進路を定めて就職するという人が少なくて、留学したり、旅に出たりする人が多かったんですよね。
私も海外に行きたいと思っていたんですが、お金もあまりなかったので、まずは国内だなと思い、最初は友人と二人で祭りを追い掛けて北へ向おう!と旅行気分で出発しました。
東北の次にふらりと立ち寄ったのが北海道で、暑い夏の時期でした。
夏を体験したら、今度は冬も体験したくなったんですよね。
北海道の知人からも、「北海道の冬はいいよ。」と聞いていたので、じゃ冬までいよう!と。そして冬を過ごしたら、次は春も過ごしてみたいと思ったんです (笑)。
そうしていくうちに帰るタイミングを失って、北海道に来て35年経ちました。
--------北海道に来て仕事はどうされたんですか?
>>鈴木氏
やはり暮らしていく為には働かなければいけませんからね。
もともと仲間と学生時代からデザイン事務所を設立して仕事をしていました。
知人の仕事を手伝ったり、24歳くらいの若者に設計を頼んでくれる人もいましたから。
初めは小さな住宅のデザインをしていたんですがその後、博覧会の会場のデザインをしたり、店舗のデザインをしたり、徐々に公共の仕事をするようになりました。
--------住宅だけではなく、帯広市の道立美術館をはじめ全道に数多く手掛けた公共の施設・建造物がありますね。
>>鈴木氏
帯広市の美術館はコンペに出したことがきっかけでした。
1988年に北海道が初めて実施した公開による公共建築の設計競技があり、そこで一位に選ばれたんですよね。
「美術の森」というテーマを中心に据え、周囲の豊かな自然環境に無理なく融和することに注力しました。
それが一つのきっかけとなり、公共建築の仕事が増えました。
ニセコ町の駅から商店街の道路を整備して美しい街並みを作るという「綺羅街道」のコンサルタント業務を行ったり、
「道の駅 ニセコビュープラザ」や、小学校などの教育施設など、公共施設の設計も行うようになりました。
--------公共建築物を設計される時と、一般住宅の設計をされる時では、何か違いはありますか?
>>鈴木氏
公共建築で強く意識するのは『街づくり』ということです。
その建築物が果たす役割を提案しながら、その街の特長を活かした風景、街並みを作るということです。
例えば、札幌市中央区の二番商店街の街路空間整備事業では二番街の個性を出しつつ、統一感を生み出す景観作りを心がけました。
札幌市の一区画に戸建住宅130戸を建てた「しんえい四季の街」は、緑の環境と調和する街並みの形成とコミュニティ創りを試みました。
建築物は単独では成立しません。風景を構成し、街を構成します。
--------材料にもこだわりがあるのですか?
>>鈴木氏
住宅の設計では最近北海道産の木材100%で作るというやり方を試みています。
北海道にはカラ松やトド松、赤エゾ松などたくさんの植林した木があります。
植林するのはいいのですが、植林したあとにきちんと手入れをしていかないと健康な森にはなりません。
健康な森を維持するためには、間伐をきちんと行なわなければいけないんですよね。
昔間伐材は、建物を建てる際の足場に利用されたり、炭鉱が崩れないように支えるのに利用されていたのですが、今ではそういう需要がなくなり、誰も木を切らなくなって山が荒廃しています。
それを防ぐ為にも、間伐材の利用が課題になります。
スライスして加工し、建物を建てる時の材料に利用する方法が有効です。
北欧やカナダでは、昔からある技術として、そういった利用がかなり進んでいます。
それは手間もお金も掛かるので、輸入したほうが安いんですが、そうやって木の手入れをする動機をつくっていかなければ、山が死んでしまいます。
【森が育んだ足元の恵みを活かして〜森と都市とが共生する、新しい時代の里山の実現!】
--------『イコロの森』プロジェクトも、山や森林を守る目的で始められたのですか?
>>鈴木氏
そうですね。凄く関係があります。
もともと、ある企業が100haある森林にゴルフ場を作ろうと計画していたんですが、規制で、作れなくなってしまったんですね。
計画が潰れて、100haある森が残り、なんとか土地を利用する方法を考えなくてはいけなくなって。
そうした時に僕もゴルフをやるので、近くのゴルフ場の植生はある程度わかっていました。
そこで、森林を保全し再生するために間伐を行い、間伐材を炭にして有効活用するのがいいんじゃないかと考えたんです。
でも炭だけだとちょっと地味なので、それに花が加わると明るくなるから、「炭と花のプロジェクト」を行おう!と。これは15年くらい前からイメージしていたことなんですよ。
こういうのはどうだろう、と話を持ち合って、計画書を作ったりしているうちに、「ガーデンアイランド北海道2008」という運動が起こりました。
北海道の自然、緑、花をテーマに、「美しい庭園の島」北海道を目指す道民運動で、2008年をきっかけに北海道をもっと花と緑の島にしましょう! 2008年をそういう年にしよう!と、4年くらい前に立ち上がったものなんです。
もともとは国際園芸博覧会のような大きな花の博覧会の誘致を行っていたのですが、国や北海道はこの財政状況の中では無理だと判断したので、それはもったいよね、という話になり、なんとか2008年を目指して運動しよう!という動きになったんですね。
僕らにしてみると以前から構想していたことが、そこでやっと、2008年という時間の目標ができ、2008年に向けて庭を作ろう!と言うことになり、「イコロの森」プロジェクトが始まりました。
--------そうしたきっけがあって、ラウムランドスケープを立ち上げたんですね。社会貢献の要素がとても強いように思われますが、民間企業でやろうと思った理由はありますか?
>>鈴木氏
行政に大きく依存することの是非を問うと、多分こういうものは行政では難しいだろうなと思いました。
もちろん多額の費用が掛かるので資金を集めたり、借りたりするのは大変な話なんですけど(笑)。森の活用を基本コンセプトに、営利事業がきちんとした組み立てをしないと、長続きしないだろう、そして携わる人たちが自分たちの事として関われる仕組みのほうがいいと思ったんですよね。
森を歩く度に、北海道の宝物が足元の至るところに埋まっていることに気付かされました。
樹木や植物、川など森の自然が育んできた数々の宝を活かした北海道の庭をつくりたいと考えるようになったんです。
そして、北海道には自分達が思っていた以上の潜在能力があり、地産地消の暮らしを実現できる豊かな土地があります。
かつて日本の人々は里の森を管理し、森が育んだ足元の恵みを活かして暮らしてきました。
『イコロの森』での取組みは、その古きよき人の営みを21世紀の北海道で再生しようという試みでもあります。
多くの人に森を歩いて本当の豊かさを知ってもらいたい、足元を見直す大切さを感じてもらいたいと思います。
そのためにも、森にあるものを最大限に活用した施設づくりを実現させたいですね。
--------実際に計画は進んでいますか?
>>鈴木氏
そうですね。着々と進んでいます。
伐採から始まり、道路を作り、炭焼き小屋の建設や宿根草の植え込み等々、完成に向けて頑張っています。
「イコロの森」は子どもたちの総合学習や体験の場所として、環境教育の価値があり、また子どもだけではなく、お年寄りのための心身の癒しの場所としての価値もあります。
現在はまだ工事中ですが、色々な団体が見に来たり、林業関係の団体から、ここのフィールドを使わせて欲しいと言う話がきていたり、行政からも色んなオファーがきています。
単純に庭を見に来るというだけではなく、森とどういう関りを持てるか、ということに興味を持って頂いたり、森づくりに参加したいという動きがもう既に起こり始めています。
【楽しさは自分で作り出すもの!〜いつから始めるかではく、それまでにどんな経験をしているかが大切!】
--------最後に最近若者によくいわれるニートやフリータなど社会的に大きな問題になっています。
「やりたいことがわからない。」「好きなことが見つからない。」と就職しない、就職できない人が増えてきています。
若者に対してメッセージをください。
>>鈴木氏
そういう意味で言うと、僕も最初はニートだったんですよ(笑)。
我々建築の世界でもそうですが、色んな社会の中では先に仕組みがあります。
そこにどのように馴染み、その中でどのようにエキスパートになっていくか、という生き方があると思います。
デザインの世界や、音楽の世界もそうかもしれないけれど、それはどこから出発してもいいじゃないのかなと思うんですよね。
大先輩で僕が尊敬している、世界的に有名な建築家のルイスカーンも50歳で建築を始めているし、篠原一男もそうです。
僕は、いつから始めるかということは必ずしも大切なことではなく、それまでにどんな経験をしているかということが、凄く大事なことなんじゃないのかな、と思うんですよね。
それが今の時代の建築や、デザイン、音楽の在り方としっくりいくかどうかはわからないけど、僕らの時代にはそういう人たちもいたし、僕自身もそういう形で、どこかの組織に属することなく、スタートすることができました。
そういう意味で言うと、今の若い人たちは必ずしも型にはまらなくていいんじゃないかと思います。
僕らは団塊の世代で、人を押しのけてでも競争して勝ち続けなきゃいけない、という時代でした。
でも、今の時代は少なくても食べていくことはできるでしょ。
だったら、どこからスタートするかは、少し余裕があると思うから、自分の「才能」かもしれないし、「生き方」かもしれない、「生き甲斐」かもしれない。
何か見つかった時に動けばいいんじゃないのかな、そういう考え方もあるんじゃないのかなと思いますね。
ただ、建築の世界で僕らがやっていることは、どうしても人を相手にすることで安全性など、責任や他への影響がいっぱいあります。
そういった部分は当然ですがしっかりやらなきゃいけないことですよね。
それは建築の世界だけじゃなくて、例えばお医者さんもそうです。
別に50歳になってお医者さんになってもいいけれど、いい加減にできる仕事ではないし、自分が歩んできたプロセスや人生経験を、プロフェッショナルに繋げていかなければいけません。
現実に、僕より少し年下の知人がつい最近農薬会社を辞めて、医大に入学したんですよ。
僕は手術をするとなると彼を信用できないけど、彼が目指しているのは心療内科なんですよ。
20代の若い人が心療内科の先生になっても、 僕らの世代でその人に人生相談できるかと言ったら難しいですよね。
かと言って心療内科というジャンルは、すごく歴史があるわけじゃないから僕らの世代の相談に乗ってくれる人っていうのは、なかなかいないじゃないですか。
そういう意味で言うと彼の価値は凄く高いんじゃないかと思うんです。
何が出発点かは別として、きちんと経験を蓄積していくことができれば、どこへでもいけるんじゃないかな、という気がしますね。
それなので、焦る必要はないと思いますけど、かといってただフラフラしていていいの?ということは言いたいですけどね。
--------ではご自身が、これから始めたいと思っていることは何かありますか?
>>鈴木氏
僕は正直今もの凄く忙しいんですけど(笑)、最近始めたことが二つあるんです。
一つは合唱、もう一つはジャズバンドを始めました。
何をしたいかというと、なんていうことはなくて、老後の楽しみの為なんですよね。
あと数年経ったらこんな忙しい生活からは抜け出したいんです(笑)。
そうした時に何かやれることがあって、仲間がいないとつまらないじゃないですか。
仕事を通しての仲間は仕事を通しての仲間だし、お酒を飲む仲間もいるけど、それ以外のの仲間がいるといいなと思ったんです。
その仲間を通じて、自分たちの世代や自分たちの仲間だけじゃなく、外に対して何かアクションを起こすことができたら、楽しいんじゃないかなと思ってるんです。
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★取材を終えて
取材の直前に『ガーデンアイランド 2008』の会議に出席していた鈴木氏は千歳から車を飛ばして駆けつけてくれた。
記者が「これまでの人生で一番苦労したこと、大変だったことは何ですか?」と聞くと、
「今が一番苦しいかもしれないですね。今更こんな大きなプロジェクトを立ち上げてしまって。」
と、鈴木氏は笑顔で話してくれた。
鈴木氏は苦しみや辛さを乗り越えた先に得ることができる「楽しみ」のために自らの身を削っているようだ。
「楽しみや喜びを作り出すことが仕事であり、そいうものを作ろう!と提案しているわけだから、自分自身がそうでなければだめですよね。
それに地味で陰気な建築家よりも、明るい建築家のほうが誰だっていいでしょうからね。」と、語ってくれた。
取材が終了すると、また足早に駆け去って行った氏が向うその先には、たくさんの楽しみが待っているのだろう。
『ガーデンアイランド2008』で『イコロの森』がどんな姿を見せてくれるのか、そして今後どのような広がりや発展を見せてくれるのか、とても楽しみである。
鈴木氏の話を聞いて是非その地に足を踏み入れたいと思った。
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★関連ウェブサイト
株式会社 アトリエaku
http://www.aku.co.jp/
「イコロの森」
http://www.ikor-no-mori.com/
ガーデンアイランド北海道2008
http://www.gih2008.com/index.html