イノベーターズモード presented by キャリナビ北海道

File No28

クリプトン・フューチャー・メディア株式会社
代表取締役 伊藤 博之氏

「初音ミク」の大ブレイクで一躍その名を全国区にした
クリプトン・フューチャー・メディア。

代表の伊藤氏は趣味で始めた同人的な音の販売から起業し、一般の人に「音」を
販売するというチャンネルを拓き、そして「初音ミク」のヒットへと繋げていった。

ムーヴメントとさえ言える反響を引き起こし、いまだ新たな世界観を広げ続ける
「初音ミク」の開発へ至る過程から、そのヒットによって見えてきたという伊藤氏の
新たなビジョンを聞いた。

*********************************************************************

【趣味から始まった「音」の販売 〜 公務員を退職しての起業】

--------まずは起業に至る経緯から教えてください。 >>伊藤氏


大学卒業後、公務員試験を受けて、北海道大学の職員として働いていました。
就職前はただの事務職として書類にハンコでも押すだけの仕事かなと思っていたのですが、
いざ配属されてみると工学部の研究室での勤務だったんですね。
当時まだコンピューターが普及していなかった時代に、周りを見回すと自由に使っていい
コンピューターが何十台も並んでいるという環境でした。
僕もコンピューターには興味がありましたから、そこでコンピューターをいじり出しまして、
プログラミングなどを覚えていくことができました。


またその一方、僕は趣味で音楽をやっていました。
僕らの世代は、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)に音楽的な人格形成をされた人が多く、僕もその一人でした。
いわゆる「テクノ」というスタイルにトキメキを覚えたのです。

ですからコンピューターを使って音楽を作るDTM(※注1)というのは僕にとって
最適な趣味だったんですね。
またサンプラー(※注2)を使って、音源や音色を創るということも楽しんでいました。

そういう趣味はハマッていくと、どんどん他人に聞いて欲しくなるんですよね。
自分の創ったものを聞いて欲しいという欲求が大きくなってくるわけですよ。
でもそんなものを友達に配っても広がりがないですからね(笑)。
どうしたものかなと思っている時に楽器屋さんの書籍コーナーで目にしたのが 、
「キーボード」というアメリカの雑誌でした。
その雑誌の後ろの方に個人広告のスペースがあって、いろんな人が自分の創った音源を
PRしているんです。
「これは面白いな」と思いましたね。これを使えば、自分の創った音が世界中の人に
聞いてもらえる、使ってもらえるかもしれないと思い、出稿を始めたんです。
それが本格的な活動となるきっかけでしたね。23歳の頃です。

実際に広告を出してみると、世界中から手紙が届くんですよ。
当時はまだEメールなどありませんでしたから。
そうして手紙を通じて、世界中の人と音楽のコミュニケーションができることが凄く楽しくて、
嬉しかったですね。

しかしそんな活動を続けて数年経った頃です。
1990年代の前半ですが、急速な円高の時代となりました。
それまで1ドル160〜170円だったのが、いきなり120円前後になったんです。
そうすると損をしていくわけです。僕は音を輸出する立場でしたから。
もちろん儲けたくてやっていたことではなかったですが、続ければ続けるほど損をしていく現状に
「これは厳しいな」と。
もう止めるしかないと思っていたところ、今度は逆に外国の音源を作っている友人から、
「自分の創った音を日本で売ってくれないか」という依頼を受けたんですね。
もちろん円高なのでその方がいいわけですから、今度は僕が音を輸入して国内で
販売することにトライしてみたんですね。
そうすると思ったよりも売れたんです。
売れたという実績ができると、次々と別の人たちから「こんな音もある」「これも売ってくれ」
という依頼が増えて、どんどんラインナップが増加し売り上げも伸びていったんです。

当初予想していたよりも規模が大きくなり始めてしまって、片手間にやるわけには
いかないくらいまでになってしまいました。
当然、公務員は副業を禁止されていますから、もう大学の職員は辞めて本格的に
やっていこうと決意し、95年の4月に大学を退職、7月には会社を設立していました。


※注1 DTM・・・デスクトップ・ミュージック。パソコンと電子楽器を接続して演奏する音楽。
またはその制作行為のこと。
※注2 サンプラー・・・収録した様々な音色データを再生出力する装置。


--------公務員を辞めて、起業することにリスクは感じませんでしたか? >>伊藤氏


自分はもともと新しい世界に挑戦していくことが好きですし、
もちろん好きな分野でのチャレンジですからね。
当然、不安やリスクはありましたけど、挑戦しないで後で後悔するのも嫌でしたし、
あの時決断しなければ、いまだに大学でハンコを付いていたと思いますよ(笑)。


--------起業してからの数年間は音源の輸入販売がメイン事業だったのですか? >>伊藤氏


しばらくはずっと同じことをやっていましたね。
外国の音を輸入して国内で販売する。その繰り返しでした。

でも、音を買う人なんて周りに何人います(笑)?
音楽をやっている人、メディアを創っている人などは音を買いますが、それ以外の一般に
消費者に「音を買いませんか?」なんて言っても誰も買わないですよね。

でもどんな人にも耳はあって、音は聞いているわけですよ。
そして音には無限の種類があって、面白い音も綺麗な音もたくさんあるわけです。
何か面白い方法があれば、一般の人にも音は売れるはずだと漠然とは思っていたのですが、
アイディアには行き詰っていました。
90年代はそんなことを試行錯誤しながら過ぎていきましたね。


その状況が変わり始めたのが、2000年から2001年にかけてです。着メロの登場と普及です。

最初は単音だった着メロも、4和音になり、16和音になり、しまいには録音した音を再生できるように進化を遂げていきました。
そうなると携帯で僕らの音を販売できる道が拓けたということですよね。

そこで企画書を作成して、携帯のキャリア各社に持ち込みました。
最初はダメ出しもされたのですが、なんとか当時のJ-Phone、そしてauの着メロ公式サイトをオープンすることができるようになりました。それが2001年のことです。


--------そこから一般消費者向けに音を販売するというチャンネルが拓けたのですね? >>伊藤氏


そうですね。当社の新たな道が拓けてきたという感じでした。
当時、ダウンロード1回で10円という料金設定だったのですが、最初の1ヶ月で
100万ダウンロードありましたよ!
「これはいい!」と思いました。サイトに音を置いておくだけで次々10円がチャリンチャリンと
入ってくるわけです(笑)。
それは冗談としても、これまで試行錯誤しながら、なかなか実現しなかった一般の人に
音を売るという道がこれで一気に拓けたのです。
このチャンネルは当社のもう一本のビジネスの柱にしていけるという手応えは感じました。


【「初音ミク」の開発と大ブレイク 〜 そこから見えてきた新たな地平】

--------そこから一般消費者向けにビジネスチャンネルが拓けていき、「初音ミク」の登場にも繋がったのだと思います。「初音ミク」の開発に至る経緯を教えてください。 >>伊藤氏


ある意味、携帯電話の仕事をしていたことが「初音ミク」の開発に関係があるんですね。
着メロの仕事をしていたことで、携帯電話の音に関するチップを開発しているヤマハと
付き合いができたんですね。
そのヤマハの知人から「うちにコンピューターに歌を歌わせるソフトを開発している人間が
いるんだけど、一度話をしてみないか?」という話しがありました。それがきっかけです。

「ヴァーチャル・インストゥルメント」というのですが、コンピューターで楽器の音を再現する
ソフトはこの数年で急速に進化を遂げていきました。
グランドピアノやドラム、さらにはオーケストラの弦楽器などは出音が大きく、なかなか自宅で
弾いたり、ましてや録音するなんてことは難しいですよね。
しかしヴァーチャル・インストゥルメントを使えば、パソコンでそのような楽器の音が再現できて、
おまけにパソコン内に録り込んで編集までできるわけです。
ラインナップも、ドラム、ギター、ベース、ピアノはもちろんオーケストラなどもあって、かなり
充実してきており、音も実際の楽器と遜色ないような音色を再現できるようなところまで
来ています。
ただ、なかなか人の歌声をコンピューターで再現することは難しかったわけです。

人の声をヴァーチャル・インストゥルメントにできれば、かなりのニーズはあるだろうという予測は
立っていました。
というのは、効果音でも着メロでもサンプラーでも人の声を使ったものは割と人気があるんです。

そして、ヤハマが開発している音を聞いてみると、まだまだ機械的でありましたが、
なかなか面白いなと。これは若干の手直しを加えていけば面白いものが創れると思い、
本格的に当社が取り掛かることにしました。

そうして開発された人の声のヴァーチャル・インストゥルメントの第1弾「VOCALOID」が発売されたのが2004年11月です。

VOCALOIDは、DTMの中ではやはりヒットしました。
やはりニーズはあるんだなという手応えはありましたが、当時はまだYou Tubeのような
動画共有サイトがなかったこともあり、一般の方にはそれほど広がりを見せなかったわけです。

「初音ミク」の開発に直接影響を及ぼしたのが2007年の1月、アメリカのNAMM SHOW(※注3)です。
このイベントでヤマハがVOCALOID2を発表することになっていたので、弊社もその発表に合わせて、2007年内に製品をリリースする発表をいたしました。
帰国後の社内会議で、「声優さんを起用して、アニメのような可愛らしいキャラクターに歌わせるヴァーチャル・インストゥルメントを出したい」というアイディアが挙がりまして、ぜひ実現しようと取り掛かったわけです。


※注3 NAMM SHOW・・・アメリカで開催される世界最大の新作楽器、音楽制作ツールの見本市。


--------開発にあたって、苦労されたこともたくさんあったと思いますが? >>伊藤氏


もちろんです。
開発にあたっては何ヶ月にもわたる試行錯誤がありました。
技術的なことだけではなく、当社はアニメに関わることなどやったことがありませんでしたから、
声優さんと言っても誰を使ったらいいかわからない、事務所に伝手も全くないわけです。
キャラクターに関しても無知でした。どんなキャラクターなら受けるのか、
手探りからのスタートでした。

そしてもちろん、コンピューターの歌声を人の声のように自然に聞こえるようにするには
波形の編集など相当な造り込みが必要になりました。

全てが完成するには、予定よりも2ヶ月は長くかかりましたね。


--------声優さんの選択、キャラクターの顔、慎重、体重などの詳細な設定など、顧客層の想定としては、当初からいわゆる「萌え文化」だったのでしょうか? >>伊藤氏


いえいえ(笑)。
確かに全く想定していなかったとは言わないですけど、そもそもそういう層の方々のことは
あまりよくわかりませんでした。
DTMのマーケットというのはとても小さいのです。
ですから、そこのターゲット以外のもっと別の人たち、特定のどこかを狙うというよりは、
幅広く一般の人たちに受け入れてもらえるようなキャラクターを意識したつもりです。


--------結果としては、発売から2ヶ月で1万5000本以上を売り上げ、音楽ソフトとしては異例の大ヒットとなったわけです。その理由はどこにあったと分析されていますか? >>伊藤氏


単純にキャラクターがよかったということがまずは第一にあると思っています。
それから動画共有サイトの存在が大きかったでしょう。
ユーザーが「初音ミク」で制作した作品を動画共有サイトに掲載し、それを見た人たちが
「何だ、これは?人が歌っているわけじゃないみたいだけど??」と噂が広がって、
後は雪だるま式に情報が拡大していったということです。
それは想像以上でしたね。


--------「アッコにおまかせ!」での騒動(※注4)も記憶に新しいところです。 >>伊藤氏


そうですね。そういうことも含めて、事件やムーヴメントとして広がりを見せていきましたね。

※注4 「アッコにおまかせ」での騒動・・・07年10月14日TBS同番組で「初音ミク」の特集が放映された。放映直後から、放送内容に関する批判がネット上などで相次ぎ、騒動へと発展した。


--------商品が想像を超えるヒットになった場合、出荷やクレームなどのトラブルなどは付き物ですが御社はそのような問題は起こりませんでしたか? >>伊藤氏


通常、DTM商品というのは千本も売れれば結構なヒットなんです。
「初音ミク」の場合、千本なんて1週間でなくなってしまいましたからね。
発売からしばらくは品薄状態が続き、ユーザーにはお待たせしましたけれど、逆にそれが
希少価値を生んだというか、手に入れた人が羨ましがられる状況となっていたようです。


--------「初音ミク」のヒットを受けて、次に伊藤社長が目指すところを教えてください。 >>伊藤氏


これは「初音ミク」に限らない話しですが、DTM商品というのはそれ自体を消費するわけではなく、何か別のまた新しい作品を創り出していくための商品なわけです。
特に「初音ミク」はそこが顕著で、「初音ミク」を使ってユーザーが作った作品がサイトなどで
発表され、それにインスピレーションを受けてまた別の誰かが別の作品を作る。それを受けて
また別の誰かが・・・というように、2次利用、3次利用と広がりを見せていくんですね。
そこからまた新たなアイディアやビジネスモデルが生み出されて行くかもしれない無限の
可能性を秘めているわけです。
まだそこにどういうビジネスモデルが考えられるかはわかりませんが、今はそういう世界に
注目をしています。

音楽を創るだけに限らず、「ミク」の絵を描く人もいれば、3Dのモデリングをする人もいる。
ゲームまで創る人だっているわけです。
本当に多彩な2次創作が行なわれていきます。
それはある意味、著作権侵害なわけですから、止めてくれということもできる。
でもそんなことをしてもしょうがないんですよね。

「初音ミク」にしても一時のブームですよ。
著作権を主張して2次利用を禁止してもブームが終った後には何も残りません。
それなら2次利用、3次利用をむしろ後押しして、どんどん自由にやってもらう。
そうしてそこから可能性が開けていく方がよっぽど面白いし、世の中も変わっていくと
思うんですよね。
我々が「初音ミク」に関する権利を独占してグッズを作って売って儲けるよりも、
自由に利用してもらうという新たな視点で世の中を変えていくきっかけになるような
ムーヴメントができれば、その方が当社にとっても利益は大きいと考えています。


--------御社の今後のビジョンを教えてください。 >>伊藤氏


クリエイターが全てだと思っています。会社がどこだとかではなく、音を創っている個人、絵を描いている個人に才能があるから、その作品は優れているわけです。

クリエイティヴなものを生み出すには、ゆっくりとした時間の流れの中で、美味しいものを食べて、セカセカと慌しくすることなく過ごす方が絶対にクリエイティヴなものは生み出せると思います。
そういう意味で、北海道はクリエイティヴなものを生み出す土壌としては最適だと思っています。

それにインターネットの普及によって、CGM(注5)が発達してきました。
これからは個人が情報を発信していく時代にもっともっとなっていきます。
これまでのように全ての情報は東京に集まり、東京から発信されるという情報の一極集中の時代は終わり、日本中、世界中に面白い情報を発信していく個人が現れてくる。
そうなるとこれまでの不自然な一極集中は解消されてくると思います。
そうなると地方にもどんどんチャンスは出てきます。特にコンテンツ産業はその傾向が強いですね。ですから当社も北海道にいることのメリットを活かして活動していきたいと思っています。

※注5 CGM・・・Consumer Generated Mediaの略。インターネットなどを通じて、一般消費者が内容を生成し、発展させていてくメディア。ブログ、コミュニティサイト、SNSなどがこれにあたる。


--------クリエイターが全て、という言葉が出ましたが、伊藤社長の人材採用基準や人材観を教えてください。 >>伊藤氏


今、当社で働いている社員はみんなプロだと思っています。
作品のクオリティーについては非常に高い要求をしますから、納得がいくまで何度でも
創り直させます。

しかし、最初からプロを採用しているかと言えばそうでもありません。
始めから僕の納得できるクオリティーを作れるプロを採用しようとしても無理なのは
わかっていますから、僕は社内でプロを育てていこうと思っています。

だから「プロになれる人」を採用しています。
「プロになれる人」というのは、普通の人より飛びぬけて何かに対して興味が強かったり、
「これをやりたい!」という意欲が人一倍強かったりする人のことです。

好奇心が強かったり、向上心が強かったり…。そういう「プロになれる人材」を積極的に
採用していきたいですね!


--------ありがとうございました!最後に、「Innovators’ Mode」恒例の若者へのメッセージをお願いします。 >>伊藤氏


今の時代、型に嵌ることはないですよ。
毎日スーツを着て、靴を磨いて、ピシッとした格好をしなきゃいけないわけじゃない。
僕はそんなことはどうでもいいと思っています。
その代わり、心の中に光るものを持っているかどうかです。

「自分探し」みたいなことをよく言われますが、そんな理想的な自分なんて存在しないですよ。
何もしないでニートやフリーターになっているまでも「自分探し」をしていても意味ないんです。
黙っていて、好きなことや得意なこと、「オンリー1の自分」なんて見つかるわけがないですからね。
まずは今の自分を現実的に受け入れて、今日から、いや1分後から行動に移すことですよ。
今すぐ動けなければ、これからも動けない!そういう意識が大切だと思います。


*******************************************************************

★取材を終えて

これまでの一方通行のメディアを根底から覆すものとして、
「Web 2.0」というキーワードが世間を賑わせたことは記憶に新しい。
伊藤氏は「初音ミク」を通じて、双方向どころではない、全方位的にコミュニケーションと
創作の場が広がりを見せていく「創造の世界の変革」を誰よりも強く体感したことだろう。
音楽、イラスト、アニメ、3D、フィギュア、コミック…。
「初音ミク」が拓いた「みんなで作品の世界の深さと広さを増していく文化」には、
無限の可能性が秘められている。

「クリプトン」とは、ギリシャ語の「隠れている」(kryptos)を語源とする。
伊藤氏を中心としたクリプトン・フューチャー・メディアは、その名の通り、
まだ見ぬ「未来の隠されたメディアの可能性」を拓いていく。

*******************************************************************

★関連ウェブサイト

・クリプトン・フューチャー・メディア株式会社
http://www.crypton.co.jp/

「キャリナビ北海道」求人情報
http://www.4510navi.com/modules/mxdirectory/singlelink.php?lid=256

▼HOME  ▼IsMとは  ▼インタビュー  ▼ご意見・ご感想   ▼運営会社  ▼プレスリリース  ▼北海道の求人情報  ▼札幌の求人情報